FC2ブログ

ガンバロウ福大!行政の「結」

2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震に端を発する東日本大震災をきっかけに、福島大学行政政策学類の教員有志でブログを開始しました。福大行政に関わる情報共有・情報発信の場として、このブログが、読者のみなさんとわたしたちの、また、みなさん同士の結節点になれば嬉しいなと考えています。一緒に手を携えて、この難局を乗り切っていきましょう。     (2012年3月26日記)

震災対策室の取り組み④-学生の安否確認について

昼の震災対策室からこんにちは、しみず@ブログ庶務担当です。

ブログ開設以前の震災対策室の取り組みについては、すでに「学生の帰宅支援チャーターバス運行」の記事をアップしていますが、今回は、震災対策室開設当初の最優先課題であった「学生の安否確認」について報告します。
震災当初の記憶が薄れないうちに行動記録として残すとともに、反省点と課題を明らかにして、これからの危機対策に活かしていきたいと思います。



まずは、地震の起こった3月11日以来の、安否確認作業に関わる震災対策室の動きをまとめてみたいと思います。


11日(金)
地震発生時、塩谷さん(当時学類長、現在夜室長)、新村さん(評議員)、千葉さん、加藤さん、丹波さん、しみずは和歌山県に出張中で、まさに福島への帰途につこうとしていたところでした。

地震発生直後から、各教員はゼミ生に対する安否確認を開始していましたが、個人レベルの自主的な取り組みでした。
そこで、和歌山出張組で急きょ協議をして、事実上の震災対策室を立ち上げ、まずは、学類教職員の安否確認を開始することにしました。

地震発生から30分ほど後に、塩谷学類長と福島にいた辻さん(当時評議員、現在学類長)の電話が奇跡的につながったため、学類教職員の緊急連絡網を利用して安否確認をするように辻さんに依頼しました。
しかし、地震直後は電話がなかなかつながらず、連絡網が機能しないことが想定されました。

そこで、和歌山組メンバーは、電車で大阪まで移動しながら、連絡先を知っている教員に個別に連絡し(車中堂々と電話をしていました)、電話がつながった教員から他の教員の情報を収集するという形で安否確認(と緊急連絡先の収集)を進めました。
東海道新幹線がストップしてしまっていたので、和歌山組は大阪泊を決断し、大阪のホテルの一室に集まって12時過ぎまで、地震関連の情報収集と共に、教員の安否確認作業を続行しました。

大学本部は、危機対策本部を立ち上げたようですが、大学に居た教職員は帰宅させるとともに、水道が止まったことから、一部の職員を除き大学を15日までロックアウトするという決定を下しました。
教職員は原則自宅待機という指示のみが出されましたが、一刻を争う状況でしたので、学類長の判断として、連絡の取れた教員には、とりあえず担当ゼミ生の安否確認を依頼し、安全の確認された学生とは常に連絡の取れる状況を維持するように指示しました。


12日(土)
東海道新幹線が動いていたため、和歌山組は午前中に大阪から東京へ移動し、移動途中に、教職員全員の安全を確認しました。
東京駅到着後も、東北新幹線は動いておらず、東北本線も宇都宮まで数時間に一本出ているだけという状況でした。
東京駅地下の喫茶店に陣取って、コーヒー1杯で数時間にわたり対応を協議して、結局、東京泊になりました。

学生の安否確認については、辻さんと連絡を取り、これを最優先事項として正式に決定して各教員に依頼するとともに、臨時の教員会議を14日に開催することを決めました。
なお、大学はロックアウトされているため、市内舟場町の「街なかブランチ舟場」で開催するということにしました。


13日(日)
和歌山組は、東京から福島まで自家用車で移動することを決断しました。
プリウス(しみず父カー)に5人が乗り込み、途中、食料や水を入手しながら、国道4号線を北上しました。
代わる代わる運転しながら、ドライバー以外は学類教員に電話作戦。14日の教員会議の連絡と、ゼミ生の安否確認状況の調査のためです。
なお、10時に東京を出発し、結局、和歌山組が福島に到着したのは、22時でした(苦笑)。


14日(月)
午前中の全学危機対策本部会議にて、学生の安否確認は各学類で実施することが確認されました。
それを踏まえ、13時より臨時教員会議が舟場町で開かれました。
そこで、安否確認関連では以下のことが決議されました。

①学類教職員連絡網の機能不全を踏まえて、学類教職員の緊急連絡先を改めて学類執行部で把握するとともに、今後の連絡方法について検討する。
②ゼミ担当者を通じて学生の安否確認を徹底し、確認された情報を学類支援室長に集約する。
③把握すべき情報は、学年、ゼミ、安否、現在の居場所、怪我の有無、家族の状況、今後の移動予定とする。
④舟場町に安否情報対策室(構成メンバー:丹波さん+学生生活委員)を置く。


15日(火)
午前中の全学危機対策本部会議にて、全学執行部に対し、「全学の方針として学生の安否確認を最優先事項に掲げること」を要望しました。
既に行政政策学類では学生の安否確認を最優先事項に掲げていましたし、他学類もそうであったかと推察していますが、もしも学類によって対応がバラバラであったとしたら、由々しき事態を招きかねないからです。
これを受けて、午後には「学生の安否確認について」という学長名の文書が出され、家族の被災状況も含めて把握することになりました。

学類の動きとしては、まず、舟場町の安否情報対策室にて、安否確認情報の集約作業・データ入力作業を続行していました。
次に、大学内に震災対策室を正式に立ち上げ、ここを学類の震災対応の本部としました。
その際に、学類全教職員の加入するメーリングリスト(ML)を立ち上げ、随時、携帯アドレス等を追加することで、今後の震災対応連絡をMLで行うことにしました。

ML立ち上げと同時に、それまで学類支援室長に集約していた安否確認情報については、MLで学類全教職員が共有することにしました。
そうすることで、ゼミ担当教員が安否を把握していない学生について、他教員からの情報収集が容易になりました。

15日終了時点で、学類生945名中851名、院生46名中45名、夜間主コース生277名中89名の安全を確認しました(ただし、夜間主コース277名には、行政政策学類の夜間主コースである法政策モデル・コミュニティ共生モデルの学生だけでなく、他モデルの学生も含んでいます)。

なお、同日の時点で、市内一人暮らし学生からの帰省希望や、原発災害(前日の水素爆発)を踏まえ、帰省支援チャーターバスの運営を決定しています。


16日(水)
大学のロックアウト解除を受け、在福教員は10時に行政政策学類大会議室に集合しました。
集合した教員を、チャーターバス対応班と安否確認班に分け、安否確認班では、ゼミ担当教員が安否確認を取れなかった学生に対して、電話作戦を実施しました。
具体的には、大学が保管している学生や保護者の連絡先に一件づつ電話をして行きます。
その上で、安否確認の取れた学生についてはデータベース化を進めました。

その結果、16日終了時点で、学類生945名中917名、院生46名中45名、夜間主コース生277名中105名の安全を確認できました(なお、夜間主コース中、行政政策学類の担当する学生が120名であることも判明しました)。

なお、同日の時点で、市内残留の一人暮らし学生・寮生を把握し、緊急時の対応を検討するという作業を開始しました。


17日(木)以降
10時時点で、安否確認の必要な学生は、学類生25名、院生1名を残すのみとなったため、以降の安否確認作業は、教務委員と学生生活委員が対応することにしました。
担当者は電話作戦を実施するとともに、インターネットの避難所情報等の収集も開始しました。

その結果、17日終了時点で残り4名となり、18日の昼に残り2名となった時点で安否不明者を大学HPで掲載、同日終了時点には残り1名となりました。
最後の1名の学生については、20日の午前中に大学HPを見た方から「同姓同名の方が避難所名簿に載っている」という情報が入り、避難所名簿記載の住所等により同一人物であることを確かめて、無事を確認することができました(後日、連絡も取れました)。
一人ずつ確認が取れるたびに、震災対策室では思わず拍手と歓声がわき上がりました。



震災対策室では、以上のような形で、学生の安否確認作業を実施しました。
幸いなことに、学類生、大学院生、夜間主コース生の全員の無事を最終的に確認することができました(全学で安否確認作業が終了したのは、3月23日のことでした)。

この間、15日以降は毎日、夕方に震災対策室の会議を開き、進捗状況を確認するとともに、対応に不備がないか、翌日行うべき作業は何かを確認していました。

IMG_0754.jpg

また、ミーティングの内容については、毎日のように壁に張り出して、教職員間で共有できるように工夫していました。

IMG_0857.jpg

IMG_0858.jpg


学類では、学生の安否確認を最優先に取り組み、どの学類よりも早く確認作業を進めましたが、それでも全員の安否確認までは1週間以上を要しました。
地震直後の異常事態の中での作業だったことを踏まえれば、できうる限りの対応を実施してきたようにも思いますが、それでも、今から振り返ると、反省点はいくつもあります。


①学類教職員連絡網の機能不全

この点が、初動が遅れた一番の要因だったと反省しています。

教職員連絡網は普段利用されておらず、通常時の教職員間の連絡はもっぱらPCメールが利用されていました。
そのため、教職員連絡網の情報が古く、連絡網が途中で切れてしまうという状況が生じてしまいました。
おまけに大学のサーバーがダウンして、研究室がめちゃくちゃになり、PCが利用できないという事態が発生しました。

さらに、連絡網の情報が網羅的ではないことも問題でした。
年に1度更新してきたのですが、固定電話と携帯電話の両方の情報を載せている教職員はわずかであり、かつ、携帯電話のメールアドレス情報を載せている教員は皆無でした。

地震直後は電話回線がパンクしていましたが、メールは通じやすかったという状況だったので、各教職員の連絡先について、最新情報を網羅的に把握ができていれば、より迅速な対応が可能だったように思います。

震災対策室では、この点を踏まえ、教職員連絡網を更新するとともに、既述のように震災対応MLを立ち上げ、各教職員の携帯電話のメールアドレスを登録して、連絡を取り合っています。


②安否確認事項の不統一

この点は、安否確認作業が二度手間になってしまった要因だと反省しています。

安否確認作業を開始した当初は、とにかくゼミ担当教員に学生の安否確認のみをお願いするという形をとっていました(緊急時だったため)が、15日になって、全学から、家族の被災状況も含めて調べるようにという連絡がきました。
また、14日に教員会議に出席できない教員もいたため、安否確認事項が、当初、全教員に行き渡っていませんでした。

そのため、震災対策室に集まってくる情報が、教員によってまちまちだったという状況が生まれてしまい、一部の教員には、再度ゼミ生に連絡を取ってもらうことになってしまいました。

また、その後の震災対策室の取り組みとの関係でいえば、一人暮らし学生の把握を同時に実施できればよかったとも反省しています。


③教員のゼミ生情報把握不足

ゼミ生の連絡先を教員が把握できていない場合があったということは、学生の安否確認作業をスムーズに実施する上で大きな障壁になりました。

ゼミ生の最新の連絡先を把握できるのはゼミ担当教員であるという発想のもと、震災対策室では、各教員にゼミ連絡網、ゼミMLの整備を徹底するよう依頼しています。


④学生のメンタルヘルスへの配慮不足
安否確認の際、学生のご家族の被災状況への配慮や、学生の個人情報への配慮が不足していたのではないかと反省しています。
緊急時であったことを踏まえても、情報収集の方法が適切であったかどうか、より適切な方法があったかどうかを絶えず見直す必要があると考えています。



このような反省点は、その後に震災対策室で取り組まれた「市内一人暮らし学生ML立ち上げ作業」、「家族被災学生把握作業」、「在学生ゼミ別ML整備作業」「新入生緊急連絡先把握作業」等に活かされています。これらの取り組みについても、近々本ブログで紹介していきたいと思います。


以上、昼の震災対策室から報告を始めましたが、夜の震災対策室からの報告終了となりました(ピたさんのパクリ…汗)

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://311gyosei.blog39.fc2.com/tb.php/98-b9e5b7ef
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)