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ガンバロウ福大!行政の「結」

2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震に端を発する東日本大震災をきっかけに、福島大学行政政策学類の教員有志でブログを開始しました。福大行政に関わる情報共有・情報発信の場として、このブログが、読者のみなさんとわたしたちの、また、みなさん同士の結節点になれば嬉しいなと考えています。一緒に手を携えて、この難局を乗り切っていきましょう。     (2012年3月26日記)

「ひろやすの部屋♪」~故郷女川の復興に向けて…今野順夫さんに聞く2

「ひろやすの部屋♪」昨日の続きを掲載します!

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○(ひろやす)女川町を離れてからは、町とはどのように係わってきましたか?

(今野) 中学3年から、高校、大学・大学院と14年間、仙台にいましたが、夏休みには、女川に帰っていましたね。その後、秋田に10年、福島に来てからは28年になります。両親が亡くなってからは、お墓参りに帰る程度でしたが、福島大学をやめたら、転居は出来ないまでも女川町のために働くこともあり得るかな、と考えていたところでした。
  女川出身ということで、いろいろ講演を頼まれたりしています。従兄弟が社会教育関係ということもあって、老人クラブの「寿大学」で話をしたことがありました。テーマは「相続」でした。何回か出ると盆栽がもらえるとかで会場は満員でした(笑)
  あと、学長のときに、教育委員会などが主催して、小学5年生から中学3年生を相手に、講演(未来を担う人づくり講演会)をしたことがあります。「輝く先輩に学ぶ」ということで、「夢をもち続ける人生を」という話をしました。

  *講演会の内容については、こちら                       

○これまで女川は自然災害に見舞われたことはなかったのですか?

(今野)女川の災害といえば海難事故が多かったですね。1960年、高校1年で仙台にいたときに、チリ地震がありました。火の見櫓から見ていたら、みるみるうちに潮が引いて女川湾の底が見えたので、これは危ないということで自主的に避難をして人的な被害はほとんどなかったということです。
今回の大震災の直前にも地震による津波がありましたが、50センチくらいだったので、よもや今回のような大津波に襲われるとは思わってもいませんでした。

○女川町支援のブログを立ち上げたり、ツイッターでつぶやいたりして、女川町の復興を支援していますね。

(今野)googleの尋ね人で姉や従兄弟等を探したのが最初です。すぐに現地には行けないし、遠く離れていればいるほどインターネットが頼りになります。ネットに投稿したら、日本だけではなく海外からも情報が寄せられてびっくりしました。女川に行く前には、どの道を通って行けばよいかと訊いたら、すぐに答えが返ってきました。
インターネットだけど完全にバーチャルな世界ではないんですね。女川出身の人には、灯台など街や風景の共通の思い出がある。年齢を超えて共通の風景を有しているという連帯感があるんです。
ブログを立ち上げたのは、美しいふるさとを過去の思い出だけにしていては亡くなった方に申し訳ない、なんとか皆さんの力を借りながら、女川や東北の復興を実現していきたいと思ったからです。
ロゴマークですか? かわいいでしょう。「がんばっぺ」というのは女川の方言です。ロゴの「女」というところのギザギザは、女川湾の形になっているのが分かりますか?これは女川出身で神奈川県逗子市在住の写真家佐々木さんが、「がんばっぺ女川『元気玉プロジェクト』」を立ち上げて、そこで使っているロゴマークです。佐々木さんは、子どもたちの入学式の写真を撮影して、女川の復興支援をしています。

がんばっぺ女川
(女川のロゴマーク)

  ※今野さんのブログ「がんばろう!女川 がんばろう!福島 がんばろう!東北」は、こちら

  ※がんばっぺ女川「元気玉プロジェクト」については、、こちら

ちょうど私たちが行った日には、町の商工会関係者を中心に、女川町復興連絡協議会の設立準備が行われて、女川町出身の俳優・中村雅俊さんも出席していたようです。昨晩の報道ステーションでも取り上げられていましたが、蒲鉾本舗高政は、工場が残ったので、被災した住民に食事を提供したり、スポンサーになっているコバルトーレ女川という地元密着型のサッカーチームが、今年度は1年間活動を休止して地域支援活動を行っています。「女川の火を消すな」という熱い思いで、支援の輪が広がっています。

○今回の震災に対して、大学としてできることは何でしょうか?→続く…

コメント

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  • 2011/04/21(木) 23:59:43 |
  • |
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他大学の震災ボランティアのブログ

 今野です。
 塩谷先生らとともに、愛媛大学の鈴木先生が、女川行きに同行していただきました。鈴木先生は、私が担当していた労働法ゼミの卒業生で、現在、愛媛大学の准教授(ハンセン病研究で活躍中)。
 震災が発生するとすぐに、愛媛大学に、愛媛出身の福大生がいれば、お世話したい、大学の施設を使ってもいい、福島大学避難所への物資など、急ピッチですすめていただきました。
 単にボランティアでなく、大学としても、やはり福島大学経済学部卒業の赤間先生(愛媛大学の学部長)が中心となり、公的なものとして進めていただきました。本当に感謝です。また、卒業生の後輩を思う気持ちに感動しています。
 先生方の熱意とともに、学生も石巻まで来て、足湯のボランティアなどを行っています。
 是非、愛媛大学震災ボランティアのブログを参照してください。
   http://ameblo.jp/tohoku-ehime/

  • 2011/04/22(金) 10:35:08 |
  • URL |
  • 今野 #.H0zLBzo
  • [ 編集 ]

管理人にコメントを寄せてくれた方へ

こんにちは。コメントありがとうございます。行政政策学類での学生の安否確認のやり方については、近く記事で書く予定ですが、うちの学類では学生から連絡をもらうという方法ではなく、ゼミ教員から学生に直接連絡するという形で実施しました。
大切なことですから、ぜひ一度お話ししたいと思います。お手数ですが、3.11gyosei@gmail.comまでメールを送ってください。よろしくお願いします。

  • 2011/04/22(金) 14:45:59 |
  • URL |
  • 震災対策室・大黒 #-
  • [ 編集 ]

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