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ガンバロウ福大!行政の「結」

2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震に端を発する東日本大震災をきっかけに、福島大学行政政策学類の教員有志でブログを開始しました。福大行政に関わる情報共有・情報発信の場として、このブログが、読者のみなさんとわたしたちの、また、みなさん同士の結節点になれば嬉しいなと考えています。一緒に手を携えて、この難局を乗り切っていきましょう。     (2012年3月26日記)

中国からの帰国行

こんにちは。教員の菊地芳朗です。

「あれっ、そんな先生いたっけ?」と思った人も多いことでしょう。それもそのはず、昨年度私は「研究専念期間」を取って中国に留学していたのです。

今回の地震のときには、東北部の瀋陽市へ調査に行っていました。ホテルで地震の発生を知り、最初は地震の規模がわからず、震源に近い仙台市の実家を心配していました。
仙台に電話しましたが、全くつながりません。しだいに容易ならざる事態であることがわかり、急きょ北京に戻ることを決め、その日の夜行列車に切符を替えました。
出発を待つまでの間、学生などからつぎつぎにメールで情報が入り、福島でも大きな被害が出たことがわかって、今度は大学や自宅が心配になってきました。電話がつながらないため詳しい情報がわからず、焦りがつのります。
最悪の事態を覚悟しましたが、やがて、大学が崩れ落ちて(!)いないことや、実家や自宅がひとまず無事とわかり、胸をなでおろしました。たいへんななか連絡をしてくれた学生や知人には感謝の言葉もありません。
写真は、北京に向かう夜行列車の車内です。硬臥(二等寝台)の中段の切符しか取れず、高さ幅とも50cmくらいでかなり窮屈でした(しかも仕切りは一切なし!)。

201103瀋陽 001 (67)


北京に戻ると、しだいに地震の全体像がわかり、愕然としました。
もともと3月26日に帰国する予定でいたのですが、そんなにのんびりとはしていられません。手を尽くして16日に帰国する便を取り、急ピッチで帰国準備を進めました。
帰国まではわずか3日。家の片付け、荷物の発送、お世話になった研究所や知人への挨拶などで目の回るような忙しさでした。
その間に原発が深刻さを増していくことなど予想だにすることなく...。

16日に成田に着いたものの、すぐに福島に戻ることができず、ようやく福島市にたどり着いたのは6日後。
その間、メーリングリストなどで行政学類の先生方の獅子奮迅の働きが刻一刻と伝わり、頭が下がるとともに、何の働きもできないもどかしさがつのりました。
全国の大学をみても、災害時にこれほど大学や学生のため奮闘する教員達は他にないと言ってよいのではないでしょうか。

こうして大学に復帰したわけですが、長くなりましたので今回はここまでとし、次回の登場時には、私が感じた今回の地震の中国の受け止め方などについて紹介したいと思います。

次は、山崎さんの登場です。

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