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ガンバロウ福大!行政の「結」

2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震に端を発する東日本大震災をきっかけに、福島大学行政政策学類の教員有志でブログを開始しました。福大行政に関わる情報共有・情報発信の場として、このブログが、読者のみなさんとわたしたちの、また、みなさん同士の結節点になれば嬉しいなと考えています。一緒に手を携えて、この難局を乗り切っていきましょう。     (2012年3月26日記)

岩手の三陸リアス式海岸の風景

こんにちは、中井です。


今から16年前の1995年1月17日に、兵庫県宝塚市に住んでいた私の両親、姉兄妹らが阪神大震災を経験しました。幸い、私の家族は被害が軽くてすみましたが、阪神高速道路の橋脚がなぎ倒された映像や、福島から帰省し、私自身、瓦礫と化した被災地をこの目で見て、「私の人生でこのような大震災に遭遇することは二度とない」と確信していました。しかし、その確信は、2011年3月11日に、あっけなく崩れてしまいました。東日本を襲ったM9.0という巨大地震の発生、それに続く、誰もの想像を絶する巨大津波、そして今も終息しない原発事故の放射能汚染が続いています。


今から、22年前の1989年に、行政社会学部(当時)の晴山一穂先生(現・専修大学教授)を研究代表にした科学研究費補助金「リゾート開発法制の実証的研究」の共同研究を始めました。メンバーは、晴山先生、渡名喜庸安先生(現・琉球大学教授)、そして私の3名でした。

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(科研費の報告書です)


当時、日本はバブル経済の時代で、全国的にリゾート開発ブームに沸いていました。福島県の「会津フレッシュリゾート」構想が国の最初の承認を得たのを知り、福島大学でリゾート法の共同研究を始めました。そして、東北地方を中心としたリゾート開発構想の実態を調査するために、各県をフィールド調査してきました。

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(当時の岩手県のリゾート構想の冊子です)


岩手県も「さんりく・リアス・リゾート構想」で国からの承認を得て、三陸地方の沿岸域を中心にリゾート開発を進めようとしていました。晴山先生が岩手県出身ということもあって、岩手県にも何度か調査に行きました。
一度、宮古市から三陸海岸を車で南下した時には、海岸線の美しい風景とその距離の長さに感嘆しました。その地域すべてが、今回の巨大津波の犠牲になってしまったのです。

当時、周りの同僚からは、「リゾート地めぐりができて、楽しい研究だね」と冷やかされていました。調査の出張の際は、豪華なリゾートホテルに泊まることは一度もなく、いつも「公共の宿」か「民宿」でした。

大船渡市役所と陸前高田市役所を訪問調査した時も、夕刻の帰り際に、快く対応していただいた陸前高田市の担当者から「今晩は『志津川ホテル』にお泊まりですか」と言われ、「いえ、志津川の『国際民宿・天王前』に泊まります」とこたえたのを、なぜか今も鮮明に覚えています。

志津川の「国際民宿・天王前」は、菅原郁夫先生(現・名古屋大学教授)の「一押し」の民宿で「海の幸」が食べきれないほど食卓に出てくるまさに海ぞいの宿でした。以前、行政政策学類の新任教員の懇親旅行で泊まったこともありました。

また、今から6~7年前になりますが、大船渡市には高校訪問の出張で伺いました。大船渡市の小高い丘の上にある県立大船渡高校は、福島大学とは「相性」が良く、行政政策学類にも大船渡高校出身の多くの在学生、卒業生がいます。この時も、大船渡市内の「民宿」に泊まり、アワビなどの海の幸を満喫しました。帰りに「碁石海岸」に立ち寄り、記念に、丸い石をいくつか拾ってきました。

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(碁石海岸で拾った石です)


今回の巨大津波で、三陸地方の街は壊滅的な被害をこうむりました。連日、放映される映像を見ていると、たぶん、志津川の民宿も碁石海岸も大きな被害を受けたのではないでしょうか。

「豊潤な海」に囲まれた三陸リアス式海岸の港まちの「復興」を望まずにはいられません。


次は、中国からの帰国予定を早めて復帰された、考古学の菊地さんの登場です。

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