ガンバロウ福大!行政の「結」

2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震に端を発する東日本大震災をきっかけに、福島大学行政政策学類の教員有志でブログを開始しました。福大行政に関わる情報共有・情報発信の場として、このブログが、読者のみなさんとわたしたちの、また、みなさん同士の結節点になれば嬉しいなと考えています。一緒に手を携えて、この難局を乗り切っていきましょう。     (2012年3月26日記)

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農産物の安全・安心をどう守るか―NPO法人ゆうきの里東和ふるさとづくり協議会

昼の震災対策室(8階分室)から塩谷です。
2月18日、かーちゃんたちは、会津坂下の百姓ハウスさんでお弁当づくりの研修を行いました。
百姓ハウスさんは、「お弁当づくり」の大先輩。地域の素材の集め方から調理の際のこだわりまで、参考になることばかり。当日の模様は、同行した学生さんにいずれ報告してもらいますが、かーちゃんたちは、帰りのバスの中で、さっそく、自分たちが作りたいお弁当のメニューを話し合い、翌週22日には、さっそく試作品づくりに取り組みました。

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<真剣なかーちゃんたち>

100食をモニターに食べてもらい、その感想を今後のお弁当づくりに活かしていこうという試みです。ひろやすも頂きましたが、品数も多く彩りもきれいで大満足でした。

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<並んだ試作弁当>

壮観ですね。メインは「ロール白菜」でした。

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<ほっと一息のかーちゃんたち>

当日は、TUF(テレビユー福島)の取材が入り、かーちゃんたちの活躍は27日(月)に放送されました!

「かーちゃんの力・プロジェクト」では、農産物加工品の製造、お弁当づくりなど、かーちゃんたちの自立とコミュニティの再生に向けて、さまざまな取り組みを行っていますが、何をするにしても、一番の課題は、原材料となる農産物の安全・安心の確保です。かーちゃんたちは、1キログラム当たり20ベクレル以下(国の暫定規制値は500ベクレル、4月からの新基準は100ベクレル)という厳しい独自基準を設けているだけに、一つずつの食材の放射能測定を行わなければなりません。でも、外部に委託すると、一検体につき3,000円の検査料がかかります。これでは到底、経営などできません。大学にも協力してもらっていますが、大学は研究が主目的です。なんとか自前で検査できる体制を整えなければなりません。

そこで、先日(2月8日)、自分たちが生産した農産物や土壌の放射能測定をしながら、生産・加工・販売に取り組んでいる、「NPO法人ゆうきの里東和ふるさとづくり協議会」を訪問して、お話をうかがってきました。

ふるさとづくり協議会は、昨年4月に、ブログ「国宝! 浪江焼そば」(→コチラ)でお伝えしたことがある、「道の駅東和」を指定管理している団体です。そういえば、「浪江焼そば」、あのときは空振りに終わりましたが、いまは、二本松駅前の市民交流センター1階に入っている「杉乃家」さんで食べることができます。国宝も身近な存在になりましたね(→コチラ)。

いけない、また脱線しました。本題に戻しましょう。実は、ふるさとづくり協議会には、震災前からつながりがあり、一昨年の夏には、Uプロジェクト(大学隣接遊休農地復活・再生事業)の一環として、理事長の大野達弘さんに大学で講演をしていただきました。福島県は、全国一の遊休農地(耕作放棄地)を抱えており、大きな問題になっていますが、ふるさとづくり協議会では、広大な遊休桑園の解消=有効利用に早くから取り組んできたからです。

ふるさとづくり協議会は、東和町が、安達町、岩代町とともに二本松市と合併するのを契機に、東和町の今後の地域づくりに危機感をもった、町内の各団体が集まって、2005年4月に設立されました(10月にNPO法人認証)。その目的は、「阿武隈山系東和地域の自然豊かな里山の恵み、歴史と文化・景観を保全し、地域資源循環のふるさとづくりを推進し、顔と心の見える交流を通じて、誇りと生きがいを持って、住民福祉と健康増進をはかり、住民主体の地域活性化」を図ることにあります。「ゆうきの里」という名称には、「有機農業による地域づくり、有機的な人との関係をつくり、勇気をもって挑戦する」という意味が込められています。

以来、①特産品加工推進事業(桑・いちじく・りんごなどの加工品)、②展示販売事業(道の駅「ふくしま東和)」、③店舗出店事業(市街地大型店・東京区民祭りなど)、④食材産直事業(学校給食・宿泊施設)、⑤堆肥センター・営農支援事業(ゆうき産直、東和げんき野菜)、⑥交流定住促進事業(福島県ふるさと暮らし案内人ほか)、⑦生きがい文化事業(民話茶屋、しめ飾り・竹細工・陶芸など)、⑧健康づくり事業(健康講演会・健康相談会ほか)など、さまざまな事業に取り組んできました。また、2009年4月には、地域コミュニティと農地と山林の再生を目指した、「里山再生プロジェクト」を開始し、耕作放棄地の解消を積極的に進めてきました(関心があるかたは、コチラ(PDF)をご覧ください)。

ふるさとづくり協議会の取り組みは、里山の恵みを活かした地域資源循環型農業のモデルケースといってもいいでしょう。しかし、そこに降ってわいたのが、原発災害です。「有機農業」にとって、水や空気や土壌の汚染は致命的な打撃だったと思われますが、ふるさとづくり協議会は、この難局にどのように対応したのでしょうか? 事務局長の武藤さんと、海老沢さんにお話を伺いました。

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<ヒアリング風景>

武藤正敏さん(専務理事・事務局長)

・この地域で生きて暮らしを継続することを目的に取り組んできた。なんとか、地域のまとまりや安心感、絆づくりまでこぎつけたところで、原発事故にあった。
・放射能を測ってみると、線量が高いところもあるが、農地はそれほどでもなく、農産物にあまり移行していない。「見る、聞く、知る」ことによって、地域に住める・戻れる、食べても安心ということが分かってきた。
・本来、情報の提供は行政の任務だが、行政の情報提供は、「遅い」「隠す」「低い」。ならばということで、自分たちのことは自分たちでやっている。
・土は「精密機械」のようなもので、元に戻すのは容易なことではない。先日は節分だったが、なんとか「鬼(放射能)」を固める方法を考えていきたい。

海老沢誠さん(事務局・企画担当)

・会員は264名。平均年齢は69歳だが、実年齢は10歳若い。160軒が野菜作りをして、ほかは、陶器やしめ縄を作っている。儲けというよりは、生きがいづくり。若い職員の顔を見ようと、道の駅にやってくる会員もいる。
・東和元気野菜は、①畑の土の検査、②有機質の肥料50%以上、③認定農薬使用半分以下、④栽培履歴掲示、⑤葉物硝酸イオン残留量確認の5つの約束を守ったものに、独自の認証シールを貼って販売してきた。10月以降、そこに放射能検査が加わり「6つのお約束」になった。

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<6つのお約束>

・JASなどの認証制度もあるが、69歳の年寄りが50品目の少量多品種を生産しているのだから、とても認証は受けられない。そこで、協議会独自の特別栽培の基準を定めた。会員の生きがいづくりにつながっているし、地域として「統一シール」を貼っていることで、ちゃんとやっていることが消費者に伝わり信頼され支持を受けている。
・畑の土の全数検査(硝酸体チェック)は、3年間で終了した。その結果、収量は増え価格も上がった。それまでは返品が15%くらいあったが、げんきシールを貼ったあとはゼロになった。2004年に三千万円くらいの売り上げだったのものが、5年間で二億円まで増加した。野菜は、ヨーカ堂、コープ、ニューデイズ、コラッセなどで販売している。
・東和町は日本一桑畑が放棄されている町。でも、われわれから見れば「宝の山」。傾斜の緩いところは、畑にして新規就農者を受け入れている。傾斜がきついところは、抜根して、養蚕とは異なる桑を植えて、お茶、パウダー、ジャムなどに加工してきた。毎年、3~5町歩の耕作放棄地を解消して、全部で60町歩の山を有効利用している。
・新規就農者を積極的に受け入れており、これまで36名受け入れてきた。震災後も7名を受け入れており、震災によっていなくなった人は1名しかいない。受け入れは農業をやりたい人に限定している。有機産直出荷グループの技術指導のもと、1年間研修を受け、人を見極めたうえで、各部落(集落)に1名ずつ住まわせている。就農者の平均年齢は35歳。彼ら・彼女らを支えようという気持ちになったときに、部落は元気になる。
・震災時は、陶器などが割れたくらいで大きな被害はなかったが、4日間、電気が止まり、ガソリンもなくなった。浪江町から住民の方が避難されてきたので、なんとか助けたいと思い、カレー、うどん、おにぎりなどを作って、休まず営業を続けた。情報や建物を提供し、自分たちは救済側だと思っていたら、実は、自分たちが被災者だった。
・最初は、逃げた方が良いのか、農作物を作ってよいのか、誰を何を信用していいかまったくわからなかった。4月に、浪江焼そばのイベントをやったのは自分たちも元気になるため。5月の総会と6月の役員会で、「里山再生計画・災害復興プログラム」を計画し、始動させた。プログラムを発表することによって、何をやればよいかが分かり、行き先や希望が見えた気がして、ようやく笑顔が戻ってきた。

プログラムは→コチラ

・プログラムは、①会員の損害賠償申請の支援活動、②会員の農産物の安全健康活動、③会員の生産圃場再生活動、④会員の農産物の販売拡大活動、⑤会員と家族の健康を放射能から守る活動の5つ。そして、3か月、1年、2年、継続という4つの段階ごとに、「農産物放射線マップの作成・経過測定」「会員の農産物の簡易放射能測定」「水源モデル4団地の土(水・空気)の測定」「人・家族・地域の健康づくり」の4項目に取り組んでいる。有機農業学会のつながりで、福島大学、新潟大学など十数の大学の30名もの教員がかかわっている。
・まずとりかかったのが農地放射線マップ作り。自分たちの農地・里山の状況を正しく知り、子孫に残せる姿にするために、ガイガーカウンターで田畑の表面放射線量を測定した。国の検査は、2キロメートルメッシュだが、これでは何もわからない。自分たちで、GIS(地理情報システム)を使って100メートルのメッシュのデジタルマップを作成し、年3回(6月、10月、2月)、測定している。

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<農地の放射線マップ>
  
・また、大学の協力を得て、水源山林の放射線調査を行い、山から水を通じて、田畑にどのような影響があるかを調査している。
・次に、自分たちの農作物=じいちゃん・ばあちゃんの野菜を子や孫に食べさせたい、という思いから、農産物の放射能測定と情報公開を実施している。けっして、農産物を売っていくためだけにやっているわけではない。自分たちが安心できないものを作ることはできない。
・8月にベクレルモニターが入り、「物」を測れるようになったが、これはカリウムも一緒に測ってしまったため、4~6割高めの数値が出ている。11月と12月に、ベクレルモニターが入り、4種類の核種に分けて測れるようになった。会員は1品目500円、市民は3000円で測定している。現在までに、900件くらい測定している。

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<ベクレルモニター「野菜くんとお米ちゃん」>

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<測定申込書>

・野菜は9割が30ベクレル以下になっているが、加工品やお茶にすると上がってしまう。暫定規制値(500ベクレル以下)であれば出荷している。目標は100ベクレル以下だが、線引きをすると足枷になってしまう。
・検査結果については、市民放射能測定所のHPで公表している。結果は、NDとは表示せず、1ベクレルでも出すようにしている。そうしないと、たとえば15ベクレルはNDだからと安心してしまうが、さらに下げる努力をしなければならない。何が正しいかではなく、全部見せていくことが必要。
・野菜への移行率は、畑によって異なる。粘土質のところは移行しにくいが、同じ土質、同じ傾斜の隣り合った畑でも、野菜がゼロベクレルのところもあれば検出されるところもある。有機農業をしっかりやっているところは、移行率が下がる傾向にある。どうやら、微生物の働きや、団粒構造が作用しているらしい。
・計測してデータを集めることによって、これからは「知って下げる」ことができるようになる。調査結果を分析し営農指導を行い、ND農業を目指していきたい。
・会員・家族のより安心でより健康な地域・絆を再生するため、ワークショップ(参加家庭の食事の放射能測定)や専門家による講演会を実施している。食べること、暮らすことを続けていくためには、何らかの方法で被ばくを回避していくことが必要になる。
・ワークショップや相談会を開いたことで、家族の分裂が減ってきた。嫁さんや赤ん坊が地域に戻ってきている。ただ怖がるのではなく、お米をしっかり研ぐとか、多くの種類を食べてリスクを分散していくとか。そうした取り組みが家族やコミュニティを存続させることにつながる。

かーちゃんの力・プロジェクトとは、メンバー構成や適用している基準値は異なりますが、大気、水、土壌、生産物のすべてを測りながら、農産物の安全・安心、健康を守ろうという取り組みは、ぜひ実現していきたいと思いました。福島で暮らし生産するという途を選ぶ以上、困難でも避けては通れない途だろうと思います。そして、こうした自主検査や学習会を通じて、福島では、都市部でも農村部でも住民が力強く立ち上がっています。

「地域の主人公は地域の住民だ。決して国や県ではない。自らの力で復興計画を組み立てなければならない。有機物(腐食)、粘土鉱物、カリ成分に放射能物質の抑制効果があるとするならば、わたしたちは日々、自らの農地で検証するしかない。チェルノブイリとは気候も風土も違う。温帯モンスーン気候の日本の、この福島で、放射能と向き合うのだ。堆肥に使う落ち葉にしても、きのこに使う原木にしても、浄化と再生に取り組むしかない。」(菅野正寿「次代のために里山の再生を」、池澤夏樹ほか『脱原発社会を創る30人の提言』、コモンズ、2011年、203頁) ※ 菅野さんは、協議会の初代理事長です。

今回のヒアリングで一番印象に残ったのは、ふるさとづくり協議会が、早くも5月・6月の時点で「再生・復興プログラム」を策定して行動に移していたことでした。それだけ迅速に動けたのは、周りの協力もあるでしょうが、3.11震災以前からの地域づくりの実践があったからだろうと思います。「里山の恵と人の輝くふるさとづくり」を継続していくためには何をどうすればよいのか? ひとの健康、土の健康、地球の健康を守るにはどうすればよいのか? ふるさとづくり協議会にとって、放射能対策は、いままで積み重ねてきたことの延長線上にあるのでしょう。達成するための方法は違っていていても、目的は一つです。

ひろやすにとっては、「プログラムを作ったことによって、行き先や希望が見えてきて笑顔が戻った」という海老沢さんの言葉が一番、胸に響きました。それにひきかえ、同じころ、私たちは大学で何をやっていたのでしょうか? ステップ1も2もなく、世界を元気づけるために発信した「笑顔」はなんだったのでしょうか?

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