ガンバロウ福大!行政の「結」

2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震に端を発する東日本大震災をきっかけに、福島大学行政政策学類の教員有志でブログを開始しました。福大行政に関わる情報共有・情報発信の場として、このブログが、読者のみなさんとわたしたちの、また、みなさん同士の結節点になれば嬉しいなと考えています。一緒に手を携えて、この難局を乗り切っていきましょう。     (2012年3月26日記)

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明治学院大学国際平和研究所主催シンポジウムに参加して①

ひろやすです。
今日から2月です。相変わらず厳しい冷え込みが続いています。寒さが身に沁みるのは年のせいかと思っていたら、今年はそうでもないみたいです。
俗に「2月は逃げる、3月は去る」といいますが、大学は、通常試験、シラバス作成、成績評価、入学試験、卒業式と続き、年度末の片づけと新年度の準備が交錯する、一年で最も忙しい時期を迎えます。学生時代の「春休み」が夢のようです(涙)。

とくに今年は、震災1年を迎えて、さらに忙しくなることでしょう。ということで、早めに「宿題」に取りかかることにしました。

先週末、ぴたが内緒で宣伝してくれた明治学院大学国際平和研究所主催シンポジウム「原発危機下の分断を超えて―〈私〉とフクシマをつなぐ」に、パネリストの一人として参加してきました。二日間の長丁場で、いつもの学会よりも真面目に参加して話を聴いていたので、正直くたびれました(笑)。

3つのセッションと、カフェ形式でのセッション、全体の総括討論ど盛りだくさん。セッションごとに数人のパネリストが報告し、コメンテーターと司会の発言があり、質疑応答もあったので、とてもその全容はお伝えできません。すでに、参加者の方からはコメントをいただきましたし、国際平和研究所からは報告書が出される予定です。一緒に行った「侍」にも何か書いてもらうつもりなので(といっても、今週から試験期間に入るので少し先の話ですが)、全体の概要と個人的な感想をまとめておきたいと思います。

最初に、明治学院大学国際平和研究所(PRIME : International Peace Research Institute)について紹介しておきましょう。同研究所は、1986年、国際学部設立時に、世界平和実現の条件を研究し、学内外の平和研究者、NGO・平和運動関係者と学際的交流を行うことを目的として設立されました(HPは→コチラ)。
平和研究・教育が主のようですが、グローバル化問題や先住民族問題など幅広く対象にしており、東日本大震災発生後の4月1日、いち早く、「東日本大震災に関する声明」を発表しています。ひろやすは初めて読みましたが、幅広い観点から提言していて、一読の価値ありです。当時こんな動きがあることなんて全然知りませんでした。
(声明原文は→コチラ(PDF))。

具体的な活動としては、今回のような国際シンポジウムのほかに、研究会や学習会の開催、平和教育の実践、出版物の刊行などを行っていますが、ひろやすがとくに興味を持ったのは、学生との共同企画の「PRIME Cinema Cafe」と「Café du PRIME」。映画を観たりお弁当を食べたりしながら、学生と教員が語り合う場のようですが、福島大学でもぜひやってみたいですね。「ぴた」と「おや」、何か考えて!

同僚の黒崎さんが、以前、特別所員(現在は客員所員)だったことから、昨年秋に猪瀬浩平さん(研究所主任:文化人類学、ボランティア学)が、震災対策室を訪れ、福大の震災対応や学生の現状について懇談したことが、今回のシンポに招かれるきっかけになりました。

土曜日の昼過ぎ、冬晴れの中、明治学院大学(明学)の白金キャンパスに向かいます。明学の学生さんは、1~2年次は横浜キャンパス、3~4年次は白金キャンパスで学びます。でも、国際学部だけは4年間、横浜キャンパス。しかも、「横浜」と言っても「戸塚」にあるので、学生さんは「騙された!」と思うんだそうです。

白金・白金台といえば、「シロガネーゼ」でしょうか(古い?)。白金・白金台の一帯は、江戸時代には、大名などの下屋敷が置かれたところで、いまは国立科学博物館附属自然教育園や八芳園(結婚式場)などがある、緑豊かな地域です。でも、明学のはるか前から見えるのは、150mもあろうかと思われる高層マンション。バベルの塔ならぬバブルの塔といった感じです(失礼)。

桜田通(国道1号線)を挟んで、高層マンションと反対側に、明学の白金キャンパスが広がっていて、趣のある礼拝堂、記念館、インブリー館が建っています(いずれも、国や都の文化財に指定)。明学は、日本最古のミッションスクールなんですね。

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創設者は、ヘボン式ローマ字で知られる、ジェームス・カーティス・ヘボン(1815-1911:医師、宣教師)。1863年に、ヘボンが横浜に「ベボン塾」を開設してからちょうど150年を迎えるということで、あちこちに記念のロゴマークが見られました。

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礼拝堂の設計者は、ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(1880-1964)。実は、今年度の国内フィールドワークで訪れた近江八幡市は、ヴォーリズが活動拠点を置いたところで、多くの建築が残されています。ちなみに、ヴォーリズは、ヴォーリズ合名会社(のちの近江兄弟社)を創業して、メンソレータム(現メンターム)を普及させた実業家(「青い目の近江商人」)でもあります。

前口上が長くなって、今回はトリビアで終わってしまいした。次回からは、少しずつシンポの内容を紹介しましょう。ブログのネタが尽きちゃうので、小出しにします(笑)。ご期待を

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