ガンバロウ福大!行政の「結」

2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震に端を発する東日本大震災をきっかけに、福島大学行政政策学類の教員有志でブログを開始しました。福大行政に関わる情報共有・情報発信の場として、このブログが、読者のみなさんとわたしたちの、また、みなさん同士の結節点になれば嬉しいなと考えています。一緒に手を携えて、この難局を乗り切っていきましょう。     (2012年3月26日記)

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ぴたからの(夜室長に内緒の)お知らせ

 こんばんは。ぴたです。
 1週間ほど、あるプロジェクトのために補助金申請書を書いていました。
 そのため、いろんなことがほったらかしになり、多くの人に不義理をしてしまっています。
 この場を借りてお詫びします(ごめんよ)。
 久しぶりに「明日締め切り」というものがない今日、「締め切りの過ぎた仕事」をする気にならず、気分転換と称して仕事から「逃避」してしまいました。僕が今日、「逃避」のためにやった作業は…自宅の温水トイレの設置です(笑)。こんなもの使うんだろうか、と思いながらの作業でしたが、いい気分転換になりました!(そんなことでいいなら、「うちにも気分転換に来て~」、という連絡はしないでください…笑)。
 ところで、うちの塩谷さん(夜室長)も、今日は溜まった仕事の片付けではなく、僕と同じく「逃避」してしまったそうです。
 塩谷さんのメールには、

 「今日は、いつも?、逃避行動で、ブログ記事書いていました!」

 とあります。逃避で仕事するって、変わってますね(笑)。
 でもこれが、夜室長とぴたの違いなのかも(泣)。塩谷さんが書いた記事はまた、近いうちにアップします。

 さて、その塩谷さん、1月28日(土)29日(日)に明治学院大学で開かれるシンポジウム、「原発危機下の分断を越えて―<私>とフクシマをつなぐ」のなかのセッション、「原発危機と大学―<知の拠点>は存在しうるか」で報告をすることになっています。
 シンポジウムのお知らせにあまり積極的でなかった塩谷さんを出し抜いて、そのビラをアップします↓

meijiomote.png

meijiura.png

 塩谷さんが登場するのは29日(日)のようです。
 同じセッションのシンポジストとして、経済経営学類の小山良太さんも参加されます。
 塩谷さんも小山さんも、「危機にある福島大学」のなかで、ぴたが活躍を期待する頼れる同僚です。
 二人の報告は、福島大学の現実や抱えている課題を、多くの方に知っていただくいい機会になるのではないでしょうか。
 ぴたもそうですが、報告を聞いても、福島大学の取り組みや現状に対して楽観的にはなれないことの方が多いかもしれません。「福大、大丈夫かなぁ…」、と心配になるかもしれません。
 それでも、現場で何が起こり、どこまで取り組みが進み、何が課題になっているのか、多くのみなさんに知っていただきたい、と思います。そして、福島大学やそこで働く教職員、そしてもちろん福大で学ぶ学生さんたちの健康と生活、学びと将来に、より大きな力と責任をもつ人たちが(学長、文部科学省の役人さん、そして政治家のみなさん、あんたらのことですよ!)、今まで以上に学生や私たちのために動かざるを得なくなるよう、多くの人に声をあげてもらえたら、と思っています。そういう声があって、私たち「現場」も、もっとがんばれます。

 シンポジウムに参加された方は、ぜひその感想をお寄せください。お待ちしています!

コメント

先生方の取り組みに感謝いたします。参加させていただきます。お話うかがいたいです。福島大学の現状、学生さんや先生方の様々な動きを知りたいです。福大だけでなく、他の若い方々にとっても同じように大きな問題だと思います。本来ならば国が動くべきだと思うのですが(国の責任も大きいのですから)、何も見えてきません。何も動いていないのだと思います。現場からの発信をよろしくお願いいたします。

学生参加もあります!

コメント、ありがとうございました。ぴたです。
シンポジウムには、うちの学類で昨年4月まで学類長として震災対策と復興支援を引っ張ってきた塩谷さんとともに、経済経営学類准教授でFGFのメンバーでもある小山良太さんが参加されますが、それに加えて、学生さんの参加も予定しています。原発事故と放射線の影響にこだわって、学生として、DVD上映会や京都大学の小出裕章先生へのインタビュー、敦賀原発の訪問や学生討論会への参加など、積極的に活動してきた「侍グループ」から3名のメンバーが、初日の28日午後の「カフェ形式でのセッション」に参加、討論に加わる予定です。そちらにもぜひご参加いただければと思います!当日の模様や参加しての感想など、ぜひ、ブログコメントにお寄せくだされば幸いです。よろしくお願いいたします。

  • 2012/01/24(火) 21:11:20 |
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  • ぴた #-
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弱りましたね

ひっそり誰も知らないままシンポに出かけようと思っていたのに、だんだんと大ごとになってしまって・・・弱りましたね。「ぴた」と違って小心者ですから、過激発言は期待しないでください。悪を斬るのは、「侍グループ」に任せます(笑)。あっ、それから学類長だったのは3月末までです。4月からは「夜室長」ですから、間違えないでください(でも、任期はいつまでなのかしら?)。

  • 2012/01/25(水) 07:24:26 |
  • URL |
  • 夜室長より #-
  • [ 編集 ]

やはり期待しています

  OBです。近ければ参加したのですが、札幌からは遠いです。
法政大学の仁平先生の報告に特に期待します。
 今一度ボランティア活動って何なの?と考え直してみたいと思っています。

ますます期待します!

OB様、他にも遠い方、残念ですね。ネット配信などあるとよいです。情報過多の東京では28日スウェーデンのトンデル博士の講演が新宿で1時半からあり、そちらを予定していたのですが、悪を斬る侍グループに惹かれます。やっぱりそっち?脱原発世界会議でも、福大院生の皆さんがすばらしい動きをしていてかっこよかったです。キラーコンテンツとして売り出してほしいくらいです。塩谷先生、小山先生のご発言はきちんと記録されるべきものと思います。本当に皆さんに知っていただきたいです。私も直後のことなど、ぜんぜんわからないので、辛いお話ですが、どうしてもお聞きしたいと思います。

どうでしたか?

ぴたは残念ながら塩谷さんの発表を聞けませんでしたが、塩谷さんが書いたレポートは読みました。とても有意義なシンポジウムになったのではないかと思います。もしご参加された方がいたら、ぜひコメントをお寄せください。塩谷さんからの報告はまた後日掲載しますね!

  • 2012/01/31(火) 18:59:13 |
  • URL |
  • ぴた #-
  • [ 編集 ]

シンポジウム参加しました。カフェトークと、第3セッションにしか参加できませんでしたが、全体的に共感に満ちた素晴らしいシンポジウムだと想像できました。学術的なお話は市民には難しかったですが。
「原発危機と大学―<知の拠点>は存在しうるか~原発事故後に大学で展開されている研究・教育・社会貢献活動を振り返り、これらの知のあり方を探る」というセッション、福島大学の先生方のお話は、何といってもとても具体的で、迫り来るものがありました。お話から、先生方が専門を問わず、大学の内外で、学生と一緒に、市民と共に、そのときにできる最善のことをしてくださった、今もそうしてくださっていることが伝わってきて、あらためて感謝の気持ちが湧きました。それと同時に、他の学類では?大学全体では?と素朴な疑問が湧きました。事情を全く知らずにいうのですが、例えば、教育関係の人間発達の先生方は、このような場で何を話されるのだろうか、理系の先生方は?市民としてはとても気になります。これからの日本のためにも、このタイトルのシンポジウムをいつか福島大学内で開催してほしい、と思いました。
カフェトークでは、「子ども福島」の方、飯舘村の方、渡利の保育園の園長先生のお話があり、塩谷先生、また福大の学生さんの発言もお聞きできました。堂々と思ったことを話した学生さんは、とても力強く、希望を感じました。この場で私は「子ども福島」の方と知り合うことができましたし、在日ドイツ人の女性とも知り合うことができました。市民はいろんな場所で今どんどんつながりをつくっています。
先に脱原発を果たしたドイツの教育って、どんななのかな?大学の制度はどうなっているのでしょう。聞いてみたいと思いました。
こんな感想でお恥ずかしいですが・・。
講演してくださった先生方にどうぞよろしくお伝えください。ありがとうございました。先の話ですが、シンポジウムの報告書が手に入るようです。明治学院大学国際平和研究所発行「PRIME」5月号??(すみません・・ちょっとあやふや・・)ボランティアについて発言された仁平先生のお話もとっても興味深かったので、入手されることお勧めします。

もう一つ、とても心に残ったこと

たびたびすみません。もう一つ、塩谷先生のお言葉で、とても心に残ったことがありました。

”今回のことを議論する中で、データやグラフを使い、数値を出して説明をされても、その意味や解釈、どう生かしていくのか、ということはわからない。安全を論じるとき、客観的な側面と安心と言う言葉に反映されるような、心理的、情緒的な面があると思うが、そこまで含めた判断ができない。

私自身は科学的な考え方というのが、理系文系を問わず、人の命を守るということを外して考えると危ない方向に行くのではないか、と思う”と発言してくださいました。(すみません、ちゃんと伝えきれてません。補足よろしくお願いします。)

私はこうおっしゃってくださったことが本当に嬉しかったです。原発の事故が起こって以来、なぜ、こんなことになってしまったのか、私たちの望まない社会、環境が出来上がってしまったのか、どうしても考えてしまいます。今もまだ続く、無責任な発言や行政、司法の姿勢、どうしても命を守る、という原点に立ち返ってほしいと思いました。
シンポジウムの最後に発言なさった先生が、世界的にそういう流れがあるとおっしゃっていて、少し慰められました。

きちんと伝えていただいて感謝です

感想の投稿ありがとうございます。しどろもどろも回答しましたが、司会者以上に、きちんとまとめていただいてありがとうございます。
あらためて考えてみると、国にしても大学にしても、「安全」を強調することによって、「安全と考えない人」「不安を感じる人」を、科学の名のもとに切り捨ててきたのではないでしょうか。
しかし、とくに低線量被ばくに関しては、絶対的な「安全」はありませんし、専門家の見解も分かれていますから、より高い安全性を求めるのはもっともなことです。また、「安心」のレベルは人それぞれですから、すべての人が安心することはありえないとしても、一人でも多くの人が安心できるための対応や安心できない人のための配慮は、当然必要でしょう。
数値を示すだけで安全だ信じろというのは、あまりにも非科学的であり非人間的な行為ではないかと思います。

  • 2012/02/02(木) 18:51:55 |
  • URL |
  • 夜室長より #-
  • [ 編集 ]

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