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ガンバロウ福大!行政の「結」

2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震に端を発する東日本大震災をきっかけに、福島大学行政政策学類の教員有志でブログを開始しました。福大行政に関わる情報共有・情報発信の場として、このブログが、読者のみなさんとわたしたちの、また、みなさん同士の結節点になれば嬉しいなと考えています。一緒に手を携えて、この難局を乗り切っていきましょう。     (2012年3月26日記)

飯舘村「未来への翼」報告会―いいたてっ子、ドイツをゆく

 昼の震災対策室なのに、折からの雨で薄暗い対策室ですから、「ぴた」が報告です(笑)。
 9月もついに終盤に入り、ますます忙しくなって、ブログ更新が遅れ気味…すいません(ぴた、おや、室長)。
 久しぶりの更新になる今日は、先日行われた、飯舘村「未来への翼」報告会の様子をお伝えします。

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 飯舘村「未来への翼」事業は、去る6月22日に菅野典雄村長が発表した、「までいな希望プラン」にある、「次代を担う人づくりに努め」るための事業の一つです。

 「世界に学んで未来を作る」(「までいな希望プラン」から)
 ――飯舘村の中学生たち18人が、8月8日から16日までの間、ドイツの環境首都といわれる「フライブルク」周辺各地を訪ねて歩き、風力発電や牛乳による熱源獲得(!)、農家の経済環境、森林整備、ドイツの人々の暮らしなどについて、学んできました(→雑誌「AERA」2011年9月19日増大号にも記事があります)。

 ぴたは、これでも福島日独協会の理事長ですから、この報告会に「来賓」として呼ばれ、中学生たちの研修の成果を、じっくり吸収してきました!

 中学生のみなさんによる報告会に先だって行われた村長の挨拶は、

soncho.jpg

「大変な状況のなかだからこそ、未来を担う子どもたちに学んできてほしい、というのが飯舘村のやり方」、

 という力強い言葉でした。

 村長に引き続いて、村議会議長の挨拶です。

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 佐藤長平議長のお話しは、40年前20歳のときに、「社会主義の国を見たい」との思いから国交のない時代に香港から遠回りして中国をみたのが初めての海外だった、とのエピソード。今は、ドイツの「緑の党」が最も進んだ政党かもしれない…って、議長は40年前と同じ好奇心を今でも持ち続けておられる様子。もちろん、「ドイツに行った経験を未来への糧に、夢を広げてかんばってほしい」、との中学生への激励も忘れていません。

 その後、いよいよ中学生たちの報告です。3班に分かれての報告でした。

 1班野報告タイトルは、「再生可能エネルギー」。フライアムト村の取り組みが紹介されました。

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 太陽パネル、バイオガス、風車、どれもが「エネルギー」を生みだします。
 とくにバイオガスは、牧畜で生まれる牛などの家畜の糞尿に草木を加え、さらに微生物が加わることによって生まれ、そこから電気と熱が大量に得られます。ガスを生み出した後の「残りかす」は、その後質のいい堆肥として利用されます。
 中学生によれば、「のこりかすもすべて使うというところが、飯舘のまでいと同じだ」、ということでした。
 また、1基で6000人分の電力が賄われる風車は、設備の設置に費用がかかるものの、住民自らがお金や意見を出し合い、行政からの補助金に頼らず独自に取り組む「市民風車」として、運用しているそうです。中学生が学んだのは、「一人ひとりが力を合わせることが大切」ということでした。

 研修旅行に際し、「ドイツに『までい』はありますか?」、という宿題が中学生たちには課せられていたそうです。
 ドイツに飯舘での生活、「までいな生活」と同じものを見つけてください、との課題に、「残りかすもすべて使う」、「一人ひとりが力を合わせる大切さ」を見出した第1班でした。すばらしい!

 第2班の報告タイトルは、「森林と農地」。

 ドイツ南部にあるドイツ最大の森林地帯「黒い森(シュヴァルツヴァルト)」の森林政策の基本、「切りすぎず、また節約しすぎず」、の実践を報告してくれました。

 黒い森のなかの「環境都市」、フライブルクの町は、街中に緑も多く緑のなかで遊ぶ姿が良く見られます。
 2班のみなさんの報告では、「話し合って作られた集合住宅」という言葉が出てきました。
 今回の報告のなかで、一番ぴたの印象に残ったところです。中学生にとっても、「発見」だったのでは?
 そういわれてみると、日本では「集合住宅」といえば、住宅メーカーなど主導で進められる建売式が主流ですよね。住む人たちが話し合って、集合住宅が作られるというのは聞いたことがありません。しかしドイツでは、森林のなかに人が住む集合住宅が、「話し合って作られる」らしいのです。
 一体、どういうことなのでしょうか?
 ドイツに対する興味がますますかきたてられる、いい報告でした(誰か調べてみませんか~?)。

 第3班の報告は、まさに、「ドイツにみる『までい』」。
 ヴァルトキルヒ村など、フライブルク周辺のいくつかの小さな村を訪ねた中学生たちが、そこでの生活・研修の過程で発見した「までい」を発表してくれました。

 まず、歴史を大切にしていること。村にある城を守るために市民が立ち上がった。

 そして、資源を大事にし、再利用を進めようとするデポジット制。自動販売機はほとんど街中に見られません。

 さらに、生活のリズム。日が長いということもありますが、街中の商店は早くから閉まり、夏はバカンスで休み、家族と過ごす時間を大切にしていること。

 最後に、「までいな気持ち」。行く先々で、食事の用意をしてくれたり、パーティーや演奏会の準備をしてくれたり、人々との交流のなかで、ドイツの人たちの優しさが伝わってきた、との報告でした。ある男の子の、「お世話になったランゲさん一家のマックスは、自分の一番の友達だ」、という言葉を聞いて、聞いている僕までうれしくなりました。多くの人たちに支えられた旅行だったことが良く伝わってきました。
 また、中学生たちは、「ドイツで活躍する日本人」という存在にも気付いたようです。
 通訳として、案内役として付き添ってくれたドイツ在住の池田さんが、「海外で頑張っている日本人」として勇気を与えてくれた、と方っていました。池田さんのように、将来、「ドイツで『までい』に生活する」、という選択肢が、中学生の心に、そっと残ったのではないかと思います。

 3班に分かれた報告の後、最後に、今回の研修旅行の実現に尽力した皆さんにたいして、皆さんから感謝の言葉があり、中学生のみなさんの報告は閉じられました。

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 ぴたの感想です。
 どのグループも素晴らしい報告でした。
 みなさんの感性そのもので、ドイツの面白いところが次々と明らかになっていきました。僕の知っているドイツが出てきてうれしくなったところもあり、また、僕にも新しい発見があって驚いたり…
 なにより、ドイツ・シュヴァルツヴァルトと飯舘での生活は、ひょっとしたらとてもよく似ているのかもしれない、ということに気がついたのは、きっと貴重な発見だったと思います。その発見が、若い中学生のみなさんのなかでどう展開していくか、日独協会のおじさんとしてはとても楽しみです。

 中学生の報告のあとには、引率の飯舘村職員の方による、より専門的な報告もありました。
 また、役場職員として引率に加わった高橋さんから、子どもたちを送り出したご両親に対して、子供たちが、「遊びながら学ぶ」を実践していたこと(ヨーロッパパークでのアトラクションを楽しむ中学生は本当に楽しそうでした)、そして、いいたてっ子たちがドイツにどんなに馴染んでいたか、について、多くの楽しい写真を使いながら説明がありました。村役場のみなさんのいいたてっ子たちへの優しい視線が伝わってきましたし、ご家族の方々にも、きっと、研修旅行の大きな意義が伝わったことと思います。

 中学生の報告があまりに素晴らしかったので、今度は、彼らに大学での講義をお願いしようと考えているところです!「大学生に講義する中学生」を実現できるよう、ぴたは今、はりきっているところです(笑)。
 みなさんを、「までいドイツ大使」に任命します!
 
 なお、ドイツでの研修の様子は、飯舘村コミュニティサイト「Maday Ashita」の特設ページ(→コチラ)で、鮮やかな写真とともに見ることができます。こちらもぜひ一度のぞいてみてください!

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