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ガンバロウ福大!行政の「結」

2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震に端を発する東日本大震災をきっかけに、福島大学行政政策学類の教員有志でブログを開始しました。福大行政に関わる情報共有・情報発信の場として、このブログが、読者のみなさんとわたしたちの、また、みなさん同士の結節点になれば嬉しいなと考えています。一緒に手を携えて、この難局を乗り切っていきましょう。     (2012年3月26日記)

もうひとつの「福大」から…つながりを活かす~福岡大・東原正明さん

 こんばんは、ぴたです。
 今日は福大仲間、そう、九州の福岡大学で「政治過程論」を教えておられる東原さんにいろいろ教えていただきたいと思い、ブログ講義をお願いしました!
 先日、博多に出張したときにお願いしてきたものです(→詳しくはコチラ)。
 東原さんは、福岡大学で僕の顔を見て涙を流しそうになるほど、心配してくださっていました。 
 オーストリアからみたFukushima、福岡から見た福島…
 原発事故の影響は、福島と福岡、福島とウィーンでは、当然のことながら全く違います。
 このように、違った環境のもとにある者同士が、どうやってつながれるのでしょうか?
 ともに前進するには、どう関わりあうことが大切なのでしょうか。
 とても大きな課題です。
 事故か反跡市が過ぎ、今後は、事故の「風化」が問題になってくるでしょう。
 そうさせないためには、この課題を十分考え抜いておくことが大切になるのではないかと思います。
 東原さんにもうひとつの課題をいただきました。どうもありがとうございました。

*******

 福岡大学の東原です。大黒さんに福岡までお越しいただき、福島の現状についてお話を伺うことができました。今回は、ブログに執筆する機会を与えていただきましてありがとうございます。

 ここでは、自分の研究テーマであるオーストリア現代政治からと、自分が生活する九州・福岡からという二つの視点から原発について考えてみたいと思います。

 まず第一の点についてですが、先日、イタリアで国民投票が行われ、原発政策からの撤退を選択されました。脱原発の意志を国民が直接示したということで、日本では大きく注目されたこの国民投票は、福島第一原発の事故後最初にヨーロッパで行われたものでした。しかし、ヨーロッパにはもっと早い時期に国民投票で脱原発を選択した国があります。それがオーストリアです。ヨーロッパ大陸の中心部に位置し北海道ほどの広さのこの国は、アルプスの山々が美しい小国です。

 1970年代、オーストリアでは首都ウィーンの西約30kmのツヴェンテンドルフというところに原発が建設されました。しかし、これに対して国内では反対運動が起き、地質学者からはツヴェンテンドルフには地震の危険があるとも指摘されました。ツヴェンテンドルフ原発稼働の是非をめぐる国民投票は1978年に行われましたが、興味深いのは、原発建設を推進したのは当時政権党であった左派の社民党で、二大政党のもう一方、野党であった保守の国民党は、社民党への対抗もあったとはいえ、反対に回ったという点です。

 そしてもう一つ注目すべき点は、国民投票が行われたのが1978年であったということです。1986年にソ連で起こったチェルノブイリ原発事故は、世界に大きな衝撃を与え、ヨーロッパ諸国では緑の党の議会進出につながりました。オーストリアでも緑の党の国政進出は1986年ですが、すでにそれよりも前に国民は脱原発を選択していたのです。この時の投票率は64.1%、原発推進への賛成は49.5%、反対は50.5%で、投票結果を受けて社民党も原発政策からの脱却を選択し、ツヴェンテンドルフ原発が稼働することはありませんでしたました。

 これ以降、オーストリアでは脱原発に向けて歩み始めることになります。国民投票実施後には法律で「エネルギー供給のための核エネルギーの利用」が禁止され、オーストリアの電力はアルプスの山々を利用した水力を中心にまかなわれることになりました。その後、1999年には、核兵器も含めた原子力利用の禁止が憲法典に追加されました。
 ヨーロッパは陸続きですから、もちろん電気の輸出入は行われています。オーストリアも例外ではなく、電気を周辺国から輸入しています。周辺国が生産した電力には原発によって発電された電力もありますから、オーストリアで使用されるエネルギーのすべてが原発と無関係であるとはいえません。報道によれば、現在オーストリアに輸入されている電力の約6%が原発由来のものです。この問題については注意する必要があると思いますが、それでも国民自身が主体的に脱原発を選択し、それがチェルノブイリ事故、さらにはアメリカで1979年に発生したスリーマイル島事故よりも前になされていたことは重要な点でしょう。

 さて、話は変わりまして第二の点です。
 福岡からは福島やその他の被災地のことがどのように見えているのか、考えてみたいと思います。もちろん個人的な印象を含みますから、福岡の全ての人が考えていることを代弁しているわけではありませんので、その点に注意しながら述べてみます。

 今回、大黒さんとお話して、いくつか印象に残った言葉がありました。その一つは、福岡の中心部、天神のデパートなどの照明を「まぶしい」とおっしゃったことでした。震災後、福岡でも節電が始まりました。たとえば、夜のコンビニの看板も暗くなりました。九州電力の玄海原発再稼働問題と関連して「やらせ」の問題が持ち上がり、電力不足の可能性さえ語られるようになりました。地下鉄駅でも冷房が弱められるなど、節電に向けた取り組みが一部で行われています。しかし、九電は毎日「電気予報」を発表していますが、電力使用量は「比較的余裕」という状態が続いています。天神や博多駅の商業施設はとても明るく、これまでと変わらずに買い物することができますし、交通機関の間引き運転もありません。この点について、日常生活に大きな変化があったと感じる人はどれほどいるのだろうかと思ってしまいます。

 二つ目に印象に残ったのは、食べ物を口にする時に放射能のことを気にしなくてもいい言われた点でした。福岡でスーパーや八百屋、肉屋、魚屋などに行ってみるとわかることですが、野菜、肉、魚などの多くは九州産の品物で占められています。東北と同様に九州も酪農や農業、漁業などが盛んなところですから、地元の商品が多く流通しています。牛乳にしても、福岡では熊本や大分などの産地を中心に九州産のものを買うことができます。ですから、食べ物の放射能汚染を気にすることはあまりないのではないかと思います。もちろん福岡でも、放射能を含んだ可能性のある食肉が販売されたり、給食に出されたりといったことは起こっていますから、全く意識しなくてもいいということではありませんが、それでも食べ物を口にする時にこの点を心配することは少ないと思われます。

 三つ目に、一緒に食事をしたあとにお店を出た時に言われた言葉、「外に出ても放射能のことを気にしなくていいんだ」というものです。今回の原発事故で放出されたと考えられる放射性物質は、佐賀県唐津市にある虹ノ松原というところでも検出されているそうです。この虹ノ松原までは福岡市内から電車で1時間もかからない距離ですから、福岡にもいくらかの放射性物質は降っているのかもしれません。しかし、たとえば福島のように学校の校庭や通学路を除染するなどの作業が行われることはありません。ですので、外を歩く時に放射能の影響を意識することも、それを避けるために何らかの行動を取ることもありません。

 このようなことから、福岡では福島で起こっていること、福島の人々が苦しんでいることを実感しづらい状況にあるのではないかと感じています。おそらく、福島と東京でも状況は大きく違うのではないかと思いますが、それでも東京では節電が行われていますから、多くの不自由があるでしょう。福岡は東京よりもずっと西にありますから、相当な違いがあるのではないでしょうか。

 しかし、福岡でも脱原発をめぐる動きが全くないわけではありません。福島からお子さんを連れて避難されているお母さんたちが中心になって、月に一回、市内中心部で「ママは原発いりません」というタイトルのもと行進が行われています。6月11日に全国規模で展開された脱原発デモは福岡でも実施されました。そして、震災から半年となる9月11日にも、デモは計画されています。

 ただ、原発に関するこうした街頭行動に参加する人はまだ多くありません。すでに述べたように、福岡で生活する上で放射能の影響をあまり意識することがないという現実、九電玄海原発の再稼働が先送りとなった今、報道の中心が玄海原発の危険性から九電の問題やそれを取り巻く状況へと変化していることをふまえれば、デモのような積極的な行動とは別に、地道な学習活動も必要になるのではないかと思います。

 それに関連して、今担当している複数のゼミで、どのようなテーマをゼミで取り上げたいかを学生に聞いてみたところ、まず1年生のゼミで原発について考えてみたいとの声が多く上がりました。これまで、1年生のゼミでは新聞の社説をじっくり読み、複数紙を比較するというようなことをやってきましたので、その延長として新聞や図書館の本を調べ、日本の原発の状況やその問題点、エネルギー供給に占める原発の割合に関する国際比較など、今福島で起こっていることを理解するために必要な基本的内容を報告してもらうことができました。そして2年生のゼミでも、原発問題について報告と討論を行いたいという学生がとても多く、後期の重要なテーマとする予定です。

 先日、福岡選出の復興担当大臣が不適切な発言で辞任した際に、北部九州のブロック紙である西日本新聞は「震災4ヶ月の東北と九州 遠くにいて思い続ける大切さ」と題した社説(2011年7月10日)で、九州に暮らす人々が遠い東北の震災には関心が薄いと受け止められるのは心外だとして、「大事なのは知識より、想像力と共感だ」と指摘しています。たしかに、福岡が福島やその他の東日本の被災地から遠く離れていますので、実感を伴って原発や震災被害のことを考えるのは非常に難しいかもしれません。それでも、新聞やインターネットなどからの情報をもとに被災地の困難を想像し、被災した方々に共感を持って寄り添うことはできるのではないかと考えます。その時に、それぞれの地元で「福大」という同じ呼称で呼ばれている福島大学の学生のみなさんと福岡大学の学生が、「福大つながり」で対話し、交流することによって、福岡大の学生の想像力を鍛え、共感を高めることのできる機会があれば、それはとても大きな意義があるのではないでしょうか。そうした活動を通じて、福島と福岡の間にある認識の溝とも言えるものを、若者レベルで埋めることができるのではないかと思うのです。

 遠く九州・福岡からではありますが、福島をはじめとした被災地の人々とともに、困難の中で手を取りあって歩いていきたいものです。

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