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ガンバロウ福大!行政の「結」

2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震に端を発する東日本大震災をきっかけに、福島大学行政政策学類の教員有志でブログを開始しました。福大行政に関わる情報共有・情報発信の場として、このブログが、読者のみなさんとわたしたちの、また、みなさん同士の結節点になれば嬉しいなと考えています。一緒に手を携えて、この難局を乗り切っていきましょう。     (2012年3月26日記)

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「イメージ・フクシマ」~映画館「フォーラム」での連続映画上映会/トークイベントのお知らせ

 昼の震災対策室より大黒です。こんにちは。
 福島は暑いですね~、昨日は37度だったとか…という話を、福岡で聞きました。
 福岡大学に出張で来ているのですが、福岡大学とは、「福大」つながりがあります。地下鉄駅の名前は「福大前」。
 親近感がありますね。
 いろんな人と会い、頬の筋肉が痛くなるほど笑いました。
 毎日笑っているつもりでも、本気で(?)笑っていなかったのかも知れません。
 天神で華やかな「消費文化」を目にしたのも久しぶりで、毎日、塩谷さんばかり見ていた「目」が、そのまぶしさにとまどい、動揺していました(笑)。これまでの生活の「異常さ」を思い知らされました。
 ここ福岡での「福島イメージ」をいろいろ聞きました。このことについては、今度福(岡)大の同僚(というかライバル)に書いてもらおうと思っています(見てるよね、よろしく!)。
 「福島イメージ」の過去・現在・将来を考えるための貴重な連続映画上映会が、福島市の映画館「フォーラム」で開かれます。それに合わせ、本学類の久我先生に記事を書いていただきました。

****

 8月10日—14日に市内の映画館「フォーラム福島」で開催される、映画とトークのイベント「イメージ・フクシマ」について紹介いたします。「イメージ・フクシマ」では、日替わりで原発をめぐる8本のドキュメンタリー映画を上映するとともに、作家の玄侑宗久さん、佐藤栄佐久前福島県知事、『「フクシマ」論——原子力ムラはどう生まれたのか』を上梓された開沼博さんをはじめ、立場や背景の異なる多くのゲストが、福島の過去・現在・未来をめぐって、意見を交換します。皆さんのご知見もお寄せください。

 ドキュメンタリー映画というと、中には、おカタい無味乾燥な記録というイメージをお持ちの方も、始めに結論ありきの公式的な啓蒙を目的とした映画とお考えの方も、いかにも政治的なメッセージを一方的に押し付ける映画という印象をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。でも、ドキュメンタリーは、現実の切り取り方、対象との関わり方、それを表現する手法など、実に多彩で、豊かな内容を含んでいます。今回上映予定の作品は、いずれもその豊かさを示すと同時に、私たちに、今の事態に直面して、感じること、考えること、想像することの開かれた門となっています。お時間があれば、ぜひお越しください。

 上映スケジュール、トーク・イベントのゲストの詳細については、コチラ)をご覧ください。

 紹介を兼ねながら、少しだけ私の思いも述べさせてください。この数ヶ月間にわたって、「フォーラム福島」で、私は本橋成一監督の『ナージャの村』や『アレクセイの泉』、今村昌平監督の『黒い雨』など原発や核兵器に関わる多くの映画を見てきました。いずれも前に見たことのある映画だったはずだけれど、3.11後に再会したそれらの作品を以前と同じ気持ちで見つめることのできない自分に気がついて、愕然としています。

 震災後、押し入れの中から、今の私にはつらいとわかっていながら、絵本作家レイモンド・ブリッグズの原作によるアニメ映画『風が吹くとき』(ジミー・T・ムラカミ、’86)を取り出しました。英国の田舎町に静かに暮らす老夫婦ジムとヒルダ、核戦争が近づいていることを知ったジムは、国や州の発行したパンフレットを片手にいそいそと準備に取りかかる一方で、日常の穏やかな暮らしを大切にしたいヒルダとの間でおよそ噛み合ないトンチンカンな会話を繰り広げます。やがて、政府の指示通り家中のドアを取り外し、壁に60度の角度で立てかけた簡易核シェルターに閉じこもった二人の家を、一陣の風が駆け抜ける。「マザーグース」をもとにする主題歌「風が吹くとき」を歌うデヴィッド・ボウイの歌声が、二人の運命にかぶさっていく。

 『風が吹くとき』のブラック・ユーモアは苦い笑いとともに、多くの警鐘を発していたはずなのに、それを自分のこととして、未来を委ねるはずのこどもたちに関わることとして、真摯に受け止めていただろうか、砂を噛むような思いとともに、私は今、立ち尽くしています、踏み出すべき次の一歩に依然として怖れながら、戸惑いながら、迷いながら。今回の「イメージ・フクシマ」、怖れや迷いを克服するためというよりも、そんな情けない自分を受け止めるための一つの機会なのかもしれないと感じています(すみません、まさしく私個人だけの思いです)。

 「イメージ・フクシマ」、今回の上映では、見えない放射能の脅威、プルトニウム再処理工場をめぐる数々の矛盾、持続可能な社会のありようへの希望を模索する鎌中ひとみ監督の三部作、3.11後の出来事を玄侑宗久さんの言葉とともに私たちの来し方、今、未来を問い返す大宮浩一監督の『無常素描』といった21世紀に作られた優れた作品と並んで、亀井文夫、土本典昭監督の手による20世紀後半の作品も取り上げられています。今日は、そのお二人について簡単に紹介したいと思います。

 軍部の圧力で上映禁止となった『戦ふ兵隊』(‘39)などで、当時の映画法のもと、唯一、監督免許を剥奪された伝説のドキュメンタリー作家、亀井文夫。戦意高揚映画を作ることを命じられ、重い撮影機材を担いで日本軍の武漢攻略作戦に同行した亀井撮影班のカメラが捉えたのは、飽くまでも冷徹な戦争の現実でした。「いま大陸は新しい秩序を生み出すために烈しい陣痛を体験している」という字幕から始まる『戦ふ兵隊』は、戦意高揚を目的とする字幕やナレーションをすぐさま裏切るかのように、焼け跡で祈りを捧げる中国人農夫、過酷極まる行軍の果てに崩れ落ちる病んだ軍馬、つきまとう蠅を振り払う力もなく座り込む兵士らの姿を余すところなく描き出し、これは「戦う兵隊」ではなく「疲れた兵隊」だという、実に的確な批評を、軍部から引き出したのでした。

 小林一茶の句を題材にした観光PR映画『信濃風土記より 小林一茶』(’40)では、一茶の句に込められた貧農の人々の生活が映し出されます。映像は常にその意図を裏切って、また別の意図を生み出し続ける。観客の見る力に信頼を置いていること、そのことが人々を引きつけて離さないゆえんではないかと私は思っています。戦後、亀井文夫は、自主ドキュメンタリー映画の中心的存在として、核兵器廃絶運動、被差別部落や反基地闘争の問題を映像化しました。それは、戦後の日本社会が抱える幾多の矛盾に真正面から取り組むことでした。戦時中の軋轢や葛藤を欠いているためか、言葉と映像のずれから生じる緊張感は(私個人としては)薄れているとは思いますが、ともすれば、政府やメディアによって忘却の彼方に追いやられようとしているいくつもの事象を記録しようとする強い意志が伝わってきます。今回の上映作品でその意志を感じていただければ幸いです。

 さて、土本典昭監督の『原発切抜帖』です。土本監督といえば、1971年の『水俣——患者さんとその世界』に始まる一連の「水俣シリーズ」でご存じの方も多いと思います。水俣問題は土本監督が生涯追い続けたテーマであると同時に、現代社会の病原が表面に現れてきた一つの顕著な例です。土本さんの部屋には、いつ使うのかも知れぬ膨大な量の新聞の切抜きが積み上げてあり、そこには病原から発する幾多の病理がありました。それを積み上げていく過程で土本さんはある憤りを抱きます、戦後の反核運動が、そのこと自体には疑問はないにせよ、原発問題と切り離されているのはなぜなのか、それらは表裏一体のはずなのに。『原発切抜帖』は、そうした私憤から発し、公のものとするために、既存の新聞記事の切抜きをつなぎ合わせて作り上げられたドキュメンタリー映画です。

 既存の新聞、雑誌、ニュース映画を編集し直したものは「アーカイヴ・ドキュメンタリー」と呼ばれています。1982年、ケビン・ラファティら三人の若者の手による『アトミック・カフェ』という映画が発表されました。それは、いっさいの説明や解説もなく(たくさんの<ユーモア>とともに)、核開発から製作時点に至る米国政府のPR映画、ニュース映像、漫画やポップ・ソングをつなぎ合わせ、その嘘や欺瞞やごまかしを暴きだしています。

 『原発切抜帖』は「アーカイヴ・ドキュメンタリー」を新聞記事だけで行いました。皆さんの中には、それだけで映画になるのか、映像で新聞記事を読むことができるのか、いったいそこから何を読み取れるのか、と疑問に思う方もいらっしゃるでしょう。ご心配なく。小沢昭一さんの軽妙な語りと、高木仁三郎さんの論理が映画を支えます。講談、落語、浄瑠璃などの日本の語り芸と科学との幸福な出会いがそこにあるような気がしています。

 映画で現れる、1972年の原子力船むつの放射能漏れ事故の際、投入された「ホウ素おにぎり」や「古靴下作戦」は今や笑い事ではなく、ビキニ環礁水爆実験の後のパラオの選択も今や他人事ではありません。かつては苦い<ユーモア>としてしか見ていなかった私が、今もここにいる・・・。

 『原発切抜帖』は、むつの母港問題をめぐる『海盗り―—下北半島・浜関根』へと結実します(今回上映されます。ぜひ、合わせてご覧ください)。

 大切な人に向かって、映画に誘う前に話すこと、映画を見た後に話すこと、それが違うことだってありますよね。映画を見た後に、お話できればいいですね。

コメント

ありがとうございます

8月7日、学長との懇談会の前段に、行政の「結」ブログさんとの顔合わせがありました。こちらは高橋ほか4名、行政さんは塩谷先生、大黒先生でした。

こちらのメンバーもネット上では交流していても、会って話をする機会は無かったので、行政さんが設定してくれた場で、初顔あわせをさせていただいたようなこととなりました。

最初に自己紹介を兼ねて子供の状況などをそれぞれが報告。次に学長との懇談会を控えていたため、除染や「機構」の問題といった要望項目に触れ、論議しながら、行政さんのご意見も伺いながら懇談会に向け意思統一を図ることができました。

そのような意味の顔合わせではなかったのかもしれませんが、期せずして交渉のための準備の場を与えていただいたようなものでした。この場を借りて感謝申し上げます。

行政さん、FGFさんともに、私たちの活動については理解を示していただき、大学当局も保護者の意見には耳を傾けるのではないかとおっしゃっています。(これがなかなかすんなりとは…)私たちも活動するための理論的支柱は両団体ですので、それぞれの団体を尊重しながら、協力してできることは、共に力を合わせて事に当たりたい考えです。よろしくお願いします。

さて、肝心の学長との懇談会の件ですが、率直に言って大変疲れました。論じることを職業にされている方々で、大学のトップ、ナンバー2、他役員のみなさんと(ナンバー2が複数いるのは知りませんでした…)懇談(交渉)するのは、大変骨の折れることです。どれほど保護者の気持ちが伝わったかはわかりませんが、要望項目についてはすべて申し上げた次第です。ブログへのアップについては今メンバーで懇談会の内容の最終確認を行なっているので、もう少々お待ちください。

  • 2011/08/11(木) 00:55:23 |
  • URL |
  • 福島大学安全安心な教育環境をめざす保護者の会(仮称) #-
  • [ 編集 ]

学長と保護者の懇談会結果について

8月7日の学長と保護者の懇談会結果については下記をご参照ください。ご覧の上、ご意見をいただければ幸いです。
http://ginga123.blog.ocn.ne.jp/blog/

  • 2011/08/11(木) 23:33:26 |
  • URL |
  • 福島大学安全安心な教育環境をめざす保護者の会(仮称) #-
  • [ 編集 ]

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