FC2ブログ

ガンバロウ福大!行政の「結」

2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震に端を発する東日本大震災をきっかけに、福島大学行政政策学類の教員有志でブログを開始しました。福大行政に関わる情報共有・情報発信の場として、このブログが、読者のみなさんとわたしたちの、また、みなさん同士の結節点になれば嬉しいなと考えています。一緒に手を携えて、この難局を乗り切っていきましょう。     (2012年3月26日記)

インターンシップ生、「国家」を代表する―ドイツ大使館 カニザデ・アリさん

 こんにちは。夜の震災対策室からぴたです。
 すでにご存知の方も多いと思いますが、震災対策室の正式名称は、「行政政策学類 震災対策・復興支援室」です(→詳しくはコチラ)。学生さんや教職員の安全・安心の確保のため、地震対策や放射能防護の方策を進めると同時に、学類としての地域復興支援にも関わっています。
 学類の多くの教員がそれぞれの復興支援に関わっていますが、ぴたも、行政政策学類教員という立場に加えて、「福島日独協会理事長」という立場で、微力ながら復興のお手伝いをさせてもらっています。

 ドイツは、脱原発の姿勢を明確にしたことで世界的な注目を浴びましたが、同時に、国境を超える自然災害などが起こった際には、政府はもちろんのこと、民間レベルおける活発な支援活動が直ちに立ち上がる国でもあります。

 311の震災、そして福島第一原発の事故とその市民への深刻な影響を前に、ドイツからも大きな支援が日本、東北、そして福島に寄せられています。

 福島日独協会とこれまでゆるやかなつながりのあった、ドイツ・キール市に本拠をおく「シュレスヴィヒ・ホルシュタイン独日協会」も、その一つです。震災直後に素早い対応と心のこもった支援活動を開始し、すでに3月16日には、福島日独協会に対し、多額の義援金の申し出がありました。
 今後その経緯は改めてご報告しますが、この義援金は全額、子どもたちと高齢者の避難生活を支えるために、飯舘村におくられることになっています。

 飯舘村役場(福島市役所飯野支所)で行われた、義援金の贈呈式には、ドイツ大使館からカニザデ・アリさんが来福してくださいました。そして、贈呈式では、ドイツ語で素晴らしいスピーチをしていただきました。

alisan1.jpeg
<ドイツ大使館 カニザデ・アリさん>

pitaalisaniitatesoncho.jpeg
<カニザデさん、飯舘村菅野村長、ぴた>

 その中に…

 「私たちドイツ大使館としては…」

 というくだりがあります。ドイツ大使館として、日独の強い絆と心の交流が、ここ福島で実を結んだことをドイツ大使館としてとても喜んでいる、というご挨拶でした。

 贈呈式の後、原発事故前の美しい飯舘村の写真を集め、今、注目を浴びている本『までいの力 福島県飯舘村にみる一人一人が幸せになる力』(詳しくはコチラ)の出版元である「サガデザインシーズ」に場所を移して、カニザデさんとの懇談会を開きました。

madeinochikara.jpg
<までいの力…売り上げ収益は飯舘村への義援金に!>

サガデザインの佐賀規子さんのご配慮です。

sagadesign.jpeg
<サガデザインで、佐賀さん、ぴた、カニザデさん、松野さん>

 その場で、カニザデ・アリさんが、学生のインターンシップ生としてドイツ大使館で働いていること、また現在26歳であることなどを知りました。

 そうです。26歳の大学生でインターンシップ生としてドイツ大使館で働く職員が、飯舘村役場で堂々と「ドイツ大使館」を代表して、すなわちドイツ国を代表してスピーチを行ったわけです。

 インターンシップ学生にそこまでの信頼と責任を持たせる国、ドイツ。
 そこまでの責任を負うことを求められるなら、学生さんも真剣に仕事をせざるを得ないですよね。
 日本では、そして福島大学のインターンシップはどうでしょうか?
 国や地方公共団体を代表するような、あるいは企業を代表するような仕事や責任を、学生さんにもってもらっているでしょうか?学生さんが、真剣に仕事と責任を負うという自覚を持てるだけのチャンスと職務を、きちんと提供出来ているでしょうか。
 (余談になりますが…行政政策学類は、今年から、より深く受け入れ団体・企業に関わって仕事をする「特別インターンシップ」を始めることになりました(喜多方市役所のご協力です…また改めてご報告いたします!)。一歩でも前に進む、より有意義なインターンシップにしたいと思っています。)

 さて、さらに…

 カニザデ・アリさんは、ご自身が6カ月の赤ちゃんの時、ご両親とともにイラン・イラク戦争の戦火を避けて、イランからドイツへと避難したという経験を持っています。国はもちろんのこと、地理的にも、文化的にも、そして宗教的にも全く異なる場所への避難と生活―私たちには容易には想像ができないものかもしれません。
 カニザデさんはその後、ドイツで教育を受け、ドイツ大使館でインターンシップを行い、先ほどのような仕事を担っていることになります。そのことすべてに僕たちは大いに驚きましたが、そんなことが「日常」になっている国がドイツです(そう、ぴたはドイツの専門家なんですよ~)。
 カニザデさんは、ドイツ語・英語とともに、生まれ故郷としてのイランの言葉、ペルシャ語と日本語を流暢に話しますが、4ヶ国語をしゃべるという背景には、そうした生活と人生の歩みがあったわけです。
 (これまた余談ですが、日本のように、英語がその人の生活と人生の歩みにとって大事なものとなるようなチャンスも準備せずに英語を勉強しろといっても、身につかない理由が良くわかりますね。小中学生すべてに外国留学の機会を与えるような「外国語教育」が必要ではないでしょうか、そんなことを考えました。)

 さて、懇談会の場でカニザデさんは、飯舘が全村避難になったことを知り、今回の贈呈式に自ら手を挙げて福島に来たこと、自ら、二つのアイデンティティ(イランとドイツ)に悩んだ経験のあること、そして、福島の美しい景色と優しい人々に感激したこと、などなど、多くのことを話していただきました。

 飯舘村の避難とイランからドイツへの避難は、比較できるようなものではないかもしれません。

 しかし、僕やサガデザインの方の話や、私たちが伝えたかったことが、そのままカニザデさんの心に伝わっていくという感覚は、やはり、カニザデさんの「避難」経験と、その事実とともに生きてきたこれまでの時間によって可能になっているのではないかと感じました。

 カニザデさんには、飯舘村のお酒や甘酒、サガデザインのみなさんの作った昼食を交えて、3時間ほどの懇談の時間を取っていただきました。

 最後に、ドイツ大使館として、今後も福島や福島県民を支援する活動を積極的に応援してくださることを約束してくださいました。
 そしてまた、「9月末には帰国するが、今度はプライベートで、友達を連れて美しい福島と飯舘村に必ずやってくる」、と約束して東京に戻られました。

 そんな日が、一日も早くやってきてほしいと思っています。
 僕もかならず、訪ねていきます。プライベートで。
 カニザデさん、福島にきてくれて、本当にありがとうございました。  

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://311gyosei.blog39.fc2.com/tb.php/181-06bac09d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)