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ガンバロウ福大!行政の「結」

2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震に端を発する東日本大震災をきっかけに、福島大学行政政策学類の教員有志でブログを開始しました。福大行政に関わる情報共有・情報発信の場として、このブログが、読者のみなさんとわたしたちの、また、みなさん同士の結節点になれば嬉しいなと考えています。一緒に手を携えて、この難局を乗り切っていきましょう。     (2012年3月26日記)

千葉大のみなさんと考える~ぴたの30分千葉大体験

こんにちは。昼の震災対策室からですが、午前中にぶどう棚の除染活動をして疲れ果て、もう寝る前の夜の気分になっているので、「ぴた」です(笑)。

先日、千葉大学法経学部で、福島の現状についてお話しする機会がありました。
突然の知らない人の乱入で、千葉大のみなさんはびっくりしたかと思いますが、静かに、また真剣に聞いてくれました。

大学時代以来の友人である魚住さんの授業で、30分だけ時間をいただきました。話を聞いてくれたゼミの学生さんに感想を書いてもらったとのことで、それをもとにブログの記事を書いてくれました。

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千葉大学の魚住です。7月10日付のブログにあるように、大黒さんが「都市行政学」の講義に来てくれました。福島のことを千葉大の学生に直接語りかけてほしい、という要望に応えてくれた大黒さんには、感謝の気持ちで一杯です。大黒さんは、福島の現状を織り交ぜながら、次の4点について話をしてくれました。

① 原発と農村の相性の悪さ 
② 過疎問題と原発問題
③ 福大生と関西に行って(大学生の悩み)
④ 福島と千葉との連帯の可能性

③については、7月5日のブログで文章化されていますが、①と②についても、いつかどこかで書いてくれると思っています。

大黒さんのお話のキーワードは「理不尽」であったように思います。放射線被ばくは勿論のこと、生活の糧を奪われる、土地・家を奪われる、人間関係を奪われる(破壊される)、(そこに住んでいる人が決めるのではない)一方的な基準で生活上の不安がないことにされる、といった様々な「理不尽」に直面させられていることを具体的に話してくれました。講義を受けている学生は全国各地から来ています。「被ばくの程度は地域ごとに違っているとしても、理不尽や不公正に対する怒りは共有できる」との大黒さんの④での言葉を、彼・彼女らはどのように受け取ったのでしょうか。学生から聞いた感想を紹介します。

△学生の感想△

・大黒先生のお話の中で最も心に残ったことは、農業とは、フロ―・ストックそしてソーシャルキャピタルの三要素があるという点です。今、世の中で議論されているのはフロー・ストックのみであり、人と人とのつながりも原発事故の影響で破壊されてしまっている現実に気づかされました。(栃木県出身 3年)

・きれいな水や空気、普通の生活が原発によって奪われ、いま「何を頑張ればいいのか分からない」という福島の方々の思いがひしひしと伝わってきた。福島の外の人間も避難を支援したらよいのか、復興を支援したらいいのか、分からない状況ではあるが、まずは福島の方の声を聞いて、自分にできることを行動に移していきたいと思っ
た。(岩手県出身 3年)

・先生の話の中で特に考えさせられたのは、「被曝するかどうかがただ一つの判断基準ではない。被曝をしても「何か」を掴みとることがあるなら行動すべき」ということです。例えば、未だに行方不明の人々を探しに行くことや、遺体を回収するといったことは、被曝をしてでもやるべきことだ、ということです。このようなことに従事するのは主に、自衛官や消防など公安系の人たちで、この人たちは自分が「何か」を掴みとるためではなく、誰かが「何か」を掴むために行動している。仕事には社会においてそれぞれの役割があります。自分がこの先、どういった仕事に就くかは分かりませんが(今やるべき仕事として捉えてもよいのですが)、掴みとるための「何か」について考えるとき、自分のための「何か」ではなく、世のため人のための「何か」を基準とすることが大切であり、また求められていることなのかな、と感じました。(大阪府出身 3年)

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 千葉大のみなさん、感想をありがとうございました。
 栃木出身の学生さんは、①の話について書いてくれています。経済経営学類の小山さんが、「現在の『補償』は、農業のフローとストックについてだけが取り上げられているが、農業が果たしてきた機能はそれだけではない、社会資本としての農業の破壊にももっと目を向けないと」、と言っていました。農村地域では、農作業や農作物を通じて、ご近所や友人とのつながり、ひいては集落の生活が成り立っています。放射性物質のために農業が難しくなってしまった地域には、「野菜工場」「ソーラー発電による電気工場」の建設といったアイデアがいろいろ出ていますが、そうした提案は、農業が持つ「人をつなげる力」への配慮が欠けています。都市的生活をおくっている人が忘れがちな視点としてとても大切だと思い、お話ししたところです。

 岩手と大阪の学生さんが触れてくれた②③については、先月末に学生とともに行った京都大学原子炉実験所助教の小出裕章さんへのインタビューについてお話ししたことがもとになっています。
 小出さんは、「福島の学生として、今何に頑張るべきなのかについて確信ができず、悩んでいる。避難なのか、それとも福島復興なのか?」、という私たちの問いに、京都大学の学生さんたちが福島の農業を守ろうと、京都から福島まで行って除染実験を始めていることを説明された後、「若い人にはあんまりやってほしくない」、「被ばくはもちろん怖いですよ」、というお話とともに、「被ばくが避けられないなら、それを上回るだけのものをつかみ取るしかない…何があるのかというのは…私には分かりません。福島にいる限りは、なにがしかの被ばくをしなければいけないわけで、それを超えて何かつかみとれるものはつかみとらなければ…何があるかというのは…すいません、私には分かりませんが…」、という話を、とても誠実にしてくださいました(詳しくは、20日のDVD上映会で!)。
 小出さんは以前ラジオで、「津波被害にあった方の遺体は、被ばくの危険があるにしても、きちんと収容してご家族に返さなければいけない。これは被ばくをできるだけ避けなければいけないということと、本質的には同じことだ」、とお話しされていました。「被ばくを避ける」ということだけを基準としているわけではない小出さんの話は、インタビューでも一つのテーマとなりましたが、(とても誤解を受けやすいものとも思いますが…)とても衝撃的でした。小出さんへのインタビュー当日の様子を、千葉の学生さんにお話したところです。
 小出さんも強調されるように、被ばくは出来る限り避けるべき、ということは当然のことです。その一方で、日本中(あるいは世界中)でなにがしかの被ばくが避けられない現実のなかで、どんな行動をすべきか?他の地域よりも放射線値が高い福島に住んでいる一人として、他地域よりも切実に問われ続けているこの問題をお話ししました。「被ばくのリスクを超える何か」がそもそもありうるのかどうか、そしてもしあるとしたら、それはどんなことなのか…自分なりのしっかりとした結論はまだ出ていませんし、インタビューに行った学生さんたちも、まだ考え続けている問題だと思います。

 今度は、福島の学生さんと千葉の学生さんとの交流会・意見交換ができればいいですね!ありがとう、魚住くん。

コメント

被曝の恐怖

1000人プロジェクトや大学職員の対応に滅入っているここ数日の間に、地元南相馬の畜産の問題や、市が避難した市民に出した手紙…いろいろなニュースや自分自身の進路について落ち込むことが多々ありました。

しかし、被曝を上回る何か…という部分にハッとさせられました。

いまの私は、大学職員との出来事などを通して、もう権力に何を訴えても無理だと思っています。諦めの心境です。
しかし、大学は変えられなくても、自分の周りのひとを助けることはできるのかもしれない…そう思いました。

まとまらない文章ですみません。こころが全然まとまってなくて…

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