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ガンバロウ福大!行政の「結」

2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震に端を発する東日本大震災をきっかけに、福島大学行政政策学類の教員有志でブログを開始しました。福大行政に関わる情報共有・情報発信の場として、このブログが、読者のみなさんとわたしたちの、また、みなさん同士の結節点になれば嬉しいなと考えています。一緒に手を携えて、この難局を乗り切っていきましょう。     (2012年3月26日記)

小出裕章さん(京都大学)×「侍」たち(福島大学)=?

 夜を迎えつつある震災対策室からぴたです。
 先日、福島大学行政政策学類の学生たち7名とぴたのグループが、京都大学原子炉実験所の小出裕章先生にインタビューしました。
 これは、学生企画科目「侍として考える~内からの福島、外からの福島、君の心の福島~」の一環です。
 すでにお伝えしたように、行政政策学類では、学生自らが学びたいことを見つけ出し、学ぶ方法からその報告までを自分たちで作る科目として、「学生企画科目」があります。
 今年度は3つの企画が立てられ、その一つが、「侍として考える~」です。
 ぴたも、学生さんたちに泣いて頼みこみ、グループの一員にさせていただいているところです(笑)。

 そもそも、侍たちの活動は、原発事故に関するDVD上映会から始まった活動でした。小出先生や同じく京都大学の今中哲二先生などのDVDの上映会を、福島市、二本松市などで実施しました。

 この活動を通じて、侍たちは、原発問題のとらえ方に、「福島県の内側にいる人」と「福島県の外にいる人」との間にいささかの違いがあるのではないか、ということに気がつきます。
 この違いがどこから生まれるのかを考えてみることを手掛かりに、「自分なりの原発のとらえ方」、「自分なりの福島」を作り上げてみよう、との想いで決めた活動名称が、

「内からの福島、外からの福島、君の心の福島」、です。

 さて、小出先生に対するインタビューや講演の模様は、インターネットでたくさん見ることができます。
 しかし、「福島にいて、原発事故の影響を直接受ける学生たち」、という立場でのインタビューは、これまで見たことがありません。
 また、原子炉の構造やその現状、今後の見通しについて問うたインタビューはたくさんあっても、原発問題に潜む「過疎問題」や農業問題について尋ねたインタビューは多くありません。

 侍たちとして、自分たちだからこそできる質問をぶつけ、これまでにない小出先生の話を聞きたいと思いました。
 そこで、小出先生の本をいろいろと読み、自分たちで考え、また議論した「質問したいこと」リストを送り、いただいた1時間のインタビューに臨みました。

 今日は、小出先生へのインタビューに先だって提出した「アドバイスいただきたいこと」リストを掲載します。
 それへの回答、小出先生へのインタビューの模様は、以下の日程で上映します。ご関心を持たれた方は、ぜひ上映会にご参加ください!

koidesensei.jpg
<京都大学原子炉実験所 小出裕章先生>

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<原子炉実験所の侍たち>

 小出先生は、学生たちの質問にどう答えてくれるでしょうか?!

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DVD上映会

「小出裕章さん(京都大学)×「侍」たち(福島大学)=?」

日時:7月20日(水)午後1時30分~
場所:福島大学行政政策学類大会議室
入場無料・申し込み不要
なお、当日は、その他DVDも上映します(予定)。詳細は、以下までお問い合わせください。

(連絡先)daikoku@ads.fukushima-u.ac.jp

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小出先生に「アドバイスいただきたいこと」


<日常生活での「小さな」、そして「大きな」悩みについて>

・日々本当に小さなことが大きな悩みになる…マスクは意味/効果があるのか、窓を開けて空気の入れ替えをしてもいいのか(毎日暑くなり、長袖・マスクはつらくなってきた。)、プールに入っていいのか、水を飲んでいいのか、こんなことに一つ一つ「決断」が必要な日常生活はきつい。

・福島県民の“放射能による影響”というのはいつ頃、どのような形で出てくるのだろうか。また、それは「放射能の影響」という形できちんと測定・分類をすることのでき得るものなのか。結局は、水俣病やイタイイタイ病の認定問題など、戦後の「公害」に対する政府や日本社会の対応と同じようなことになるのではないか?先日水俣病に関するDVDを見る機会があったが、「水俣病の被害の裾野は沿岸住民20万人に広がっている。垂れ流された水銀が今後子供たちや自然環境にどのような影響を残していくのか、その長期微量汚染の影響はまったく予想できないことなのです」というような表現が出てきた…水銀と放射能という違いはあれ、今とまったく同じ状況ではないか。歴史が繰り返されていくのではないか、その渦中にいる恐ろしさを感じる。

・講演会やDVD上映会を開いても(先月、小出先生や今中先生のDVD上映会を福島県内5ヵ所で開くお手伝いをした)、会場には若い人が少なく、年配者が多いという傾向が見て取れるように思われる。被ばくの影響が大きい大学生や中高校生でも、市内ではマスクなどの防護対策をしていない若い世代が多い。どうすれば若い世代(子供)が被ばくの問題を理解し、危機感、若しくは興味・関心を抱けるとお考えになるか。多くの「無関心な」市民に訴え続けてこられた経験から、なにかアドバイスいただけることはないか。他方で、そうしたことがかえってストレスになるという意見もあり、実際、そうした対策が精神的・肉体的な負担になることを実感している者としては、そうした「危機感」を持たせてよいものなのか悩んでしまう。

・ある食物を「~kg食べないと/飲まないと基準値を超えませんよ」と言われるが、結局は総蓄積量の問題なのではないだろうか。また、放射線量も「年間20ミリシーベルト」といわれるが、1年たてばリセットされるかのような印象をあたえるが、長期に生活すれば毎年毎年被ばく量が蓄積していくので、問題はその総蓄積量ではないか。

・地産地消の伝統と実績のある福島では、きゅうりやトマトなどの野菜は福島県産がほとんど。値段も安い。放射線のことを考えると買うことに躊躇もあるが、大学の実習などで、農家の皆さんとの日常的な関わりがあるので、困っている農家の人たちのことも同時に考えてしまう。小出先生のおっしゃるような世代別の消費というのはなかなか難しい。

<メディアでの報道・科学の役割について>

・メディアの報道など、「何を」「どのように」信じればいいのかわからない。

・(東京電力も含め)電気代の値上げ、停電など、私たちが原子力発電に頼らざるを得ない生活を強いるように感じる。

・「“放射能”よりもタバコの煙のほうがガン発病のリスクは高い。それは逆に気にしすぎであり、そのストレスでガンになるよ」という理論を聞くと言い返すことができない。「健康」を心配する者に対して、別の「健康」を持ち出して反論がされている。そして事実、多くのストレスで不健康な生活になっている(たとえば震災後「太った」という人がとても多い)。また、以前参加したシンポジウムでは、「現状レベルの放射線の影響は、不慮の事故で誤って転落して死亡するリスクとほぼ同等」ということも言われていた。社会生活上の様々なリスクを一つの指標に変換してそれを比較する、という手法を、放射線の影響に当てはめるというやり方をどう考えればよいのか。

・「科学」の名で同じ対象を扱っていながら、どうしてここまで違った評価になってしまうのだろうか。原発賛成・反対という結論に合うように科学が都合よく使われているのか?放射線の影響に関して、科学者の真摯な対話によって科学的に統一的な結論につながるという可能性はないのだろうか?

・専門家の方がマスコミなどに登場して(福島県内ではリスクアドバイザーなどが任命され、各地で講演もなされているが)、「放射線を良く知って正しく恐れる」といったことが言われる。専門家ではない素人が思い込みで判断する危険性については理解できるが、素朴な不安を持つことが科学の名のもとで封じ込められているようにも感じる。大学内部でも、理科系の教員と文化系の教員(どちらも全員というわけではないが)の間に、考え方や対策についての温度差がある。科学と素人、理科系と文科系、科学的な知見と私たちの生活との関係をどう考えたらよいか。

<地域産業について>

・福島県は農産業・観光業で成り立っている部分がある。どうしても「風評被害」は避けたい。県民として、どこかで安心だと信じたい部分がある。しかし、一体どこまでが「風評被害」と考えればよいのだろうか。(ex.ホウレンソウが基準値を超えた→出荷停止、会津は放射線値が低い→観光に来て大丈夫といえるか)

・「東京のきれいな空気を吸いに行く」というジョーク(といっても今ではそれが真実だと思うが…)が最近出てくる。とても大きな矛盾だ。福島では、「田舎の特権」を活かして、都会生活とは違うもうひとつの生き方として農業を中心とした生活スタイルを送るひとも多かったし、そうした生き方に関心を持つ人をどうやって増やし、県内に受け入れるかということを追求し、それを過疎対策の柱に考えてきた。自分たちも、農家の生活の魅力を調査したり、東京から移住してきた人に話を聞いたりするフィールドワークを行ったこともある。飯舘村は、まさにそんな試みを続けてきたところである。都会ではなかなか難しい生活のスタイルを目指し、「までいの力」で村の生活を形作ろうとしてきた村…原子力発電というテクノロジーが、それとは最も縁遠い生活を破壊してしまった。素人ながら放射線を測った経験からは、植え込みや植物のあるところ、土や木の下などでの放射線が高く、コンクリートやアスファルトが低い、という現実がある。放射能は土や緑を最も汚し、コンクリートやアスファルトを避けるというのは矛盾ではないか。「田舎生活」「土と緑ときれいな水に囲まれた生活」、というもう一つの生き方の持つ可能性が封じられたのではないか。小出先生も、「有機農業のほうが近代的な化学肥料を多用した農業(玄米)よりもセシウムが多かったという事実」に驚かれたことが著書で書かれている。
 実際、放射線の影響を受けた地域の復興に向けて、野菜を作る「工場」を建てる、巨大な自然エネルギー生産工場を誘致するといったアイデアが次々とでている。貴重なアイデアかもしれないが、「工業」ではなく「農業」を基盤にした生活を送り、その「までいな力」に自信を持ってきた地域や人々(とくに高齢者)には、こうしたアイデアがどのように聞こえるだろうと思うと胸が痛む。
 しかし、土や緑、水を可能な限り活かされた生活こそが、原子力エネルギーに頼らない生活スタイルにつながるものだったのではないか。だとしたら、農業や林業、牧畜行といった自然のなかでの人間の活動・生活をより充実させることが今こそ求められているともいえるのではないか。
 汚染という現実のなかで、「農業」を中心とした生活を組み立てることはもはや不可能なのだろうか。可能にする必要があるとすれば、その道はどんなものだろうか?また農村地域では、どんな生活づくり、地域づくりが可能なのか。小出先生も、「原子力を拒否するために、短絡的に汚染を拒否するのではなく、大地に根ざした作物、農業を守り発展させていかなければならない」(放射能汚染の現実を超えて、161ページ)と書いておられるが、原発事故後の福島や日本でこの考え方を貫くとしたら、どういう方法が可能だろうか。「きれいな空気」も東京に奪われてしまったのだとしたら、福島は何をウリにしていけばいいのか。

<侍グループのがんばりについて>

・大学生は「子ども」なのか「大人」なのか。文部科学省の除染の基準などには、大学生は「大人」とみなされているようで、大学は入っていない。自分たちも小中学生は被爆から守らなければと思うという意味では「大人」だが、放射線の感受性というレベルでは、平均値よりも「子ども」よりになっている。小出先生は、原子力発電所を容認してきた責任が大人にはある、とおっしゃっていて、今の責任をだれがどれだけ負うのか、という問題でも大学生は微妙な位置にある。選挙権はまだないメンバーもいるが、今の日本の「繁栄」と電力利用のなかでここまで大きくなっている。どんな責任のなかで、どんなリスクを背負って、どんな生活や活動をやるべきか悩んでいる。アドバイスいただければ嬉しい。

・福島出身も岩手出身も香川出身もいるなか、被災地福島で「何かやらなければ、がんばらなければ」という焦燥感があるが、一番の問題は、何に対してがんばるべきなのか、なかなか確信が持てないこと。大学での勉強もしなければという気持ちもあるし、今そんなことをしている時期なのか、という気持ちももちろんある。今だからこそやらなければということに限定しても、今やるべきことは、避難や疎開なのか、反原発運動にかかわることなのか、あるいは、福島の復興にがんばることなのか、よくわからない。今は、グループとしていろんなことにかかわっている。たとえば、危険な地域からの避難を進める、という意味では、微力ながら飯舘村の計画的避難を進めるお手伝いをしたし、来月には、チェルノブイリ事故で避難の経験をもつナターシャ・グジーさんという歌手の方の福島でのコンサートにも関わっている。また、反原発運動の署名集めなどのお手伝いということであれば、小出先生や今中先生のDVD上映会で実際に署名をしていただくなどのこともした。
 昨年からゼミ活動で行っている、大学脇の遊休農地の再耕地化プロジェクトや過疎集落の活性化プロジェクトなどにも力を入れたい。避難を勧めながら、復興にも力を入れたいというのは矛盾のようにも感じる。放射線のことを考えれば避難や疎開をということになるかもしれないが、福島のことを考えれば、復興をということになる。県外に避難している学生もいるし、県内でボランティア活動を積極的に行っている学生もたくさんいる。県外の方からは、ブログなどに「なぜまだ福島に残っているのか、福島はもう人の住む場所ではない」、といった書き込みがあったり、避難した人に対して「福島を棄てるのか」、という避難が浴びせかけられることもあるといわれている。この時期どのような行動をとるかについては、一人ひとりの判断の問題だとは思うが、福島の大学生として、侍グループとしての活動にアドバイスいただけないか?

<小出先生の想いについて>

・小出先生は、原子力発電に夢を抱いて原子力の世界に飛び込み、その後、「東京にではなく田舎に発電所を作る」という差別・不平等の構造が原発の本質だと考えて、その後の研究生活を定められたと聞いています。過疎地に原発は作る、という考えからすれば、事故の結果としての濃密な汚染地域が福島県内に集中していることは、まさに「想定内」の出来事なのかとも思う。原発が様々な不平等や差別、格差と関わりがあり、そうしたものを積極的に利用する形で推進されたことについて、先生の著書を通じて勉強した。今、研究生活を定められたときに感じた想いについて、数10年後の今、振り返って感じられることを教えてほしい。

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