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ガンバロウ福大!行政の「結」

2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震に端を発する東日本大震災をきっかけに、福島大学行政政策学類の教員有志でブログを開始しました。福大行政に関わる情報共有・情報発信の場として、このブログが、読者のみなさんとわたしたちの、また、みなさん同士の結節点になれば嬉しいなと考えています。一緒に手を携えて、この難局を乗り切っていきましょう。     (2012年3月26日記)

「東日本大震災災害復興シンポジウム」報告①記念講演

 こんにちは。昼の震災対策室から大黒です。こんにちは。

 今日から2度に分けて、発災3か月となった6月11日(土)に大学で実施された、「東日本大震災災害復興シンポジウム:東日本大震災・福島原発事故の被災者支援と今後の災害復興にむけて―いま私たちにできることは何か」(福島大学災害復興研究所主催)について報告します。

 山中茂樹先生の記念講演はもちろんのこと、その後のシンポジウムも大変興味深く、僕が所属する○○学会の報告よりも、ずっと勉強になりました(笑)。会場となったL1教室もほぼ満員で、メディアや遠くからおいでになった方も多く、関心の高さがうかがわれます。

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 今日は、シンポジウムに先立って実施された、記念講演「東日本大震災・福島原発事故とこれからの災害復興」について、塩谷さんに報告してもらいます。

 当日来場できなかった方は、ぜひYouTubeにアップされた録画映像をご覧ください。

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今回のシンポジウムで記念講演をお願いしたのは、関西学院大学災害復興制度研究所の山中茂樹先生です。山中先生は、トラウマ・ケア講演会のときにも福島大学にお出でいただいたので、わずか10日間で2回目の来福ということになります。

山中先生は、朝日新聞神戸支局次長のとき、阪神・淡路大震災に遭遇され、これを機に震災・防災担当の編集委員に転じました。震災10年にあたる2005年4月、関西学院大学災害復興制度研究所の創設に参加され、主任研究員に就任されています。兵庫県の「台風23号災害検証委員会」や国の「首都直下地震の復興対策のあり方に関する検討会」の委員などを歴任され、『いま考えたい 災害からの暮らし再生』(岩波ブックレット・2010年)、『震災とメディア』(世界思想社・2005年)など多数の著作があります。

講演タイトルは「東日本大震災 これからの災害復興」。山中先生は、百枚以上のスライドを使ってお話しになりましたが、2時46分に「黙とう」をささげるため、司会の丹波さんの厳しい時間管理のもと、1時間半の講演はあっという間に終わってしまいました。講演のあちらこちらに、山中先生の豊富な経験や知識が散りばめられていますので、詳細は当日のビデオとスライドを見ていただくこととして、ここでは、夜室長の心に残ったポイントをいくつか紹介したいと思います。

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一つ目は、「被災地責任」「被災者責任」という言葉です。この聞きなれない言葉は、もともとは阪神淡路大震災の際に、「公的補償を求める有志の会」が発行する会報のコラム欄に登場した言葉で、被災者や被災地は、地震の経験を全国や全世界に発信し次世代に伝えていく、自立した市民としての責任がある、ということです。
阪神淡路大震災のときも、オウム真理教事件が起こると、とたんに震災関連の記事の本数が減り、関西のローカルニュースになってしまったそうです。今回の東日本大震災にしても、映像的にインパクトがある津波災害が大きく取り上げられ、原発事故は東京都民にとっての事故として取り上げられているかぎり、福島は二重のトラウマ、隠された存在になりつつあったのではないか、福島の人たちもこれではおかしいという声をあげる被災者責任を担っていると、山中先生は指摘されました。
この責任を果たすために、災害復興制度研究所では、全国被災地の交流集会を開くなどして、ネットワーク形成を行っているとのことでした。

これまで東北人の辛抱強さや粘り強さが美徳のように語られてきましたが、子どもの健康を守るため、文科省に押しかけて放射線基準の見直しを求めたお母さん方のように、権利(権理)を主張していくことが大切だと改めて思いました。

二つ目は、東日本大震災の特徴と復興を妨げる要因です。山中先生は、さまざまなデータを使って、いかに東日本大震災が巨大で広域で複合した災害であるかを分かりやすく説明してくださいました。阪神淡路大震災の時と比べて大幅に復興が遅れている(たとえば、義援金の配分、仮設住宅入居、緊急法案提出数など)のは、被害の大きさだけではなく、先延ばしの復興構想会議や大儀なき政争による「もたもた国会」など「政治による遅れ」が大きな原因となっており、今の状況は、第二の敗戦=ガバナンスの喪失と言えるのではないかと話されました。

とくに印象的だったのは、混乱を防ぐために被災地に入るボランティアを制限したことが、復興を遅らせているのではないかという指摘です。阪神淡路大震災のときには、1ヵ月で約60万人のボランティアが入ったそうですが、東日本大震災では、40日間で3分の1の約16万人にとどまっているとのことです。これは受入側である被災県の力量の問題もあるのだろうと思います。

三つ目は、これから起こるであろう問題点です。山中先生は、①震災関連死を防ぐ、②広域避難者を把握する、③集落を維持する、の3点を挙げていました。

①については、阪神淡路大震災のときも問題になりましたが、すでに東日本大震災では数百人に達しているとの報道もあり、早急な対応が求められます。

②はとくに福島では深刻な問題です。福島県では3万6千人(人口の2%以上)が県外に避難しており、うち約1万人は園児・児童・生徒であり、進学等で福島に帰らなくなる恐れがあります。被災者情報システムを整備するとともに、広域避難者を分断・差別せずに包摂するような支援組織をつくることが重要になります。

③については、中越地震の際には過疎化が5倍以上の速度で進んだと言われており、今後、高齢化、無職化、単身化が進む恐れがあります。すでに、解散してしまった集落(地区)もあるようですが、早急に、コミュティを大切にした復興住宅や、リバースモゲージ制度(所有する不動産を担保に融資を受け、死亡時にその不動産を売却して一括返済する仕組み)による住宅の建設が重要です。

今回のシンポジウムでは、4人の方から、避難所や二次避難所(仮設住宅に入る前の旅館・ホテルなど)におけるさまざまな支援の取組みが紹介されましたが、今後は、山中先生が指摘されているように、広域避難者の支援や、避難先から戻ってきた後の集落の再建が重要な課題になると感じました。

最後は、現在の被災者支援の基本的スキームの問題点です。日本には、そもそも復興の法体系がなく、「復興」という言葉は、災害対策基本法の中にわずか2か条しか登場しません。阪神淡路大震災までは、災害復興は自助努力・自己責任の世界と捉えられており、被災地で復興景気が循環し、結果的には被災者の収入につながるという「右肩上がり」の発想(復興成長主義)で考えられてきたそうです。
これに対して、山中先生は、GDPや人口を指標として復興をはかるのではなく、地域のぬくもり、家族の絆、地産地消の消費生活、公正な政(まつりごと)、暮らしや歴史に根ざした文化など、「幸福」や「豊かさ」を指標として、「人間の復興」を実現してくべきであり、そのために、私たちが「どんな町をめざすのか」という物語(思想)を描き出していくことが重要であると主張されました。

夜室長の専門分野は法社会学ですので、被災地実態と現行法制度・社会との間の乖離、人間復興論の提唱者である福田徳三氏(1874-1930)の「営生本拠権(営業と生存の権利)」についてのお話をとくに興味深くうかがいました。
個々の自助努力ではどうにもならない大災害から国民を救うことは、国家の基本的任務であるはずなのに、いまの国家はその責任を果たしていません。「今政権を代えることがバカという国民もバカだ」と発言した政治家がいるそうですが、ここまでバカにされておとなしく黙っていていいのでしょうか?
国家は国民の自由や権利を保障するために存在すること、しかし、国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって保持しなければならないこと(日本国憲法第12条)を改めて考えさせられた基調講演でした。

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