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ガンバロウ福大!行政の「結」

2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震に端を発する東日本大震災をきっかけに、福島大学行政政策学類の教員有志でブログを開始しました。福大行政に関わる情報共有・情報発信の場として、このブログが、読者のみなさんとわたしたちの、また、みなさん同士の結節点になれば嬉しいなと考えています。一緒に手を携えて、この難局を乗り切っていきましょう。     (2012年3月26日記)

シンポジウム「被災とジェンダー/セクシュアリティ」報告…高橋準さん

 こんにちは。昼の震災対策室から大黒です。
 今日は、同僚の高橋準さんに、先日報告者として参加されたシンポジウムの報告をお願いしました。
 わが行政政策学類が提供した前期の授業、「ジェンダーを考える」では、今年の重点テーマとして「震災とジェンダー」を設定し、何回か外部講師の方にお願いして講義を行いました。
 災害は人間の生活のあらゆるところに影響を及ぼしています。
 ジェンダーにはどのような影響があったのか…うちの学類が取り組むべき課題のひとつだと思います。
 高橋さん、よろしくお願いします!

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 9月24日(土)夜に東京・なかのZERO小ホールで開催された、「被災とジェンダー/セクシュアリティ」というシンポジウムに参加(登壇)してきました。

 主催するレインボー・アクション(http://www.rainbowaction.net/)は、石原都知事のセクシュアル・マイノリティ差別発言に対する抗議運動をきっかけに結成された団体ですが、最近は、外国人のセクシュアル・マイノリティ差別、メディア批判などにも活動を広げています。(セクシュアル・マイノリティとは、同性愛者や両性愛者、性別違和感を持っていたり性別移行を考えている/行っているトランスジェンダーやトランスセクシュアルなどの、いろいろなカテゴリーの人々の総称です。)

 レインボー・アクションは5月5日に、「被災とセクシュアル・マイノリティ」というシンポを開催しており、一連のイベント企画の第二弾ということになるそうです。今回はセクシュアル・マイノリティだけではなく、少し視点を変えてのシンポジウムになりました。

 登壇者は、わたしのほか、小澤かおるさん(首都大学東京大学院、Japanレインボー・エイド)、内田有美さん(NPO法人イコールネット仙台)、山下梓さん(岩手レインボー・ネットワーク)でした。小澤さん、山下さんがもっぱらセクシュアル・マイノリティについて、わたしと内田さんがジェンダーの問題について、報告をしています。

 小澤さんは、震災以来11回にわたって東京から東北(青森、秋田、盛岡、仙台、福島、郡山等)に足を運ばれ、現地のセクシュアル・マイノリティがどのような支援を望んでいるか(あるいは望んでいないか)の調査などをされました。またゴールデンウィーク中には、郡山のビッグパレットでボランティアもされていました。

 今回は、東北での聴き取りにもとづいて、東北でのセクシュアル・マイノリティの置かれている状況についてお話しされていました。

 内田さんは避難所などでの聴き取りを元に、「それぞれが得意なものを活かす」というかたちで、避難生活の中でジェンダーが強化されてきているということを強調されていました。避難所の生活の中で、とあるMtFトランスジェンダー(男性から女性に性別移行した人)が、女性たちに受け入れられた経緯などのエピソード紹介も。

 山下さんは、震災をきっかけとして岩手レインボー・ネットを立ち上げていらっしゃるのですが、地域社会でのセクシュアル・マイノリティのプレゼンスを高めるために、「足繁く(週に4回?)男女共生センターに通う」「パネル展示などを行う」「新聞記者と仲良くなる」などの実践を行っておられる旨、紹介をされていました。また今後に向けて、体験の蓄積(文書化 documentation)、セクシュアル・マイノリティの参画(主流化 mainstreaming)、つながりの形成(ネットワーク化 networking)が大事であることを述べていらっしゃいました。

 わたしからは、福島県の被災の状況についてふれたのち、数点にまとめてお話しました。全部お話しすると長くなるので、ここでは2つだけ取り上げます。

 一つは、被災した状況での「ジェンダー不平等」は、実は「平時」に準備されているということ。福島市の災害対策本部に女性が不在であったことや、福島県の復興構想委員会に女性が一人しかいないことなどがあげられます。審議会等で「宛て職」の委員に男性が多いこととも関連しています。要は社会の中の重要なポジションに女性がついておらず、そのためにこうした場に呼ばれない。避難所のリーダーに女性が少ないことも指摘できます。実際見聞きした県内の避難所でもそうでした。こうしたことが、女性のニーズの軽視や、必要な物品の不足につながっていくわけです。

 報告ではそれに加えて、震災後の対応の中で、しばしば女性や障害者、外国籍住民に対する手当てがないことについて、「緊急時で〈生命優先〉の時期なので、そちらに回す資源がない」といった説明がなされていたことについて、「緊急時とはどういう基準で誰が決めるのか」(結局はマジョリティの声の大きさがそれを決めているのではないか)、「〈生命〉とは何か、誰のものなのか」といったことを考える必要があるだろうという問題提起をしました。シンポジウムが終わってから、知り合いから評価されたのはこの点。

 もうひとつは、東北地方で根強く残る家父長制の問題について。家父長制とは、アカデミックなことばを使っていえば、「性と世代によって資源と権力が配分される秩序」のことですが、男性が優位な立場に置かれることだけでなく、上の世代による資源の占有なども含みます。(ただし、「子ども」はもっとも下の世代ですが、ニーズが優先されることもあります。)

 時間がなくて紹介できなかったエピソードなのですが、津波被害を受けた三陸地域の話で、震災後夫が片付けに出ている間に妻が一家で必要なものをとりまとめて、地域のリーダーに報告しに来たら、「夫のほしいもの」と「子どものほしいもの」しか言わない。「あんたは何か希望することはないのか!?」とかなり厳しく問い詰めたら、やっと「……実はハンドクリームがほしい」と言ったとか。リーダーが男性であったから言いにくかったということもあるかもしれません(先ほどの第一の論点)。ですがさらにもうひとつ、彼女が自分の要求を後回しにしていたのはなぜなのかを考える際に、「我慢強い」とか「自己犠牲」といったキレイなことばで語るのではなくて、そこになにか力が働いていないかを考えたい、ということです。

 もちろん世帯でのまとまりは、厳しい経済状況の中では、家族の人々を保護する機能もありますから、一概に悪いものではありません。ですが、世帯のニーズが優先されて、それを管理するのが上の世代になって、若い世代の女性のニーズが後回しにされたり、セクシュアル・マイノリティが自分自身の(ほかの人と異なる)ニーズを主張しにくい、などの弊害があることも無視できません。

 後者について少し説明すると、たとえば、性別移行のためにホルモン投与を受けている人もいたはずですが、被害が甚大な地域ではそれは中断されていました。しかし、中断による身体の不調などを改善するために医者にいきたいが、そのためのバス代もない、投薬してもらおうにも金銭的な余裕がない、家族には打ち明けていないので言い出しにくい、といった困難が生じてしまう。「ぜいたく」だということでしょうか。しかし、最初の論点でも触れましたが、その「ぜいたく」という基準は誰のものでしょう。

 4人の報告の後は休憩をはさんで質疑とディスカッションタイム。この部分の報告は省略します。関心を持たれた方は、レインボー・アクションのブログを継続して見ていていただけると、今後動画がアップされると思います。

 細かく拾っていくと、シンポジウムでお話ししたこと以外にも、たくさんのことがあげられると思います。ここでは触れませんが、各地で聴き取りをされた小澤さんからうかがったエピソードの中にも、ずきりとするようなものがありました。

 「災害とジェンダー/セクシュアリティ」という視点は、1995年の世界女性会議(北京会議)では取り上げられず、2000年になってテーマにくみ入れられたこともあり、世界でも対応がやや遅れているような気がします。日本では2005年以降、政府の計画の中に位置づけられています。

 しかしながら、阪神淡路大震災や中越地震後も、対応の必要性はしばしば指摘されていました。今回の震災をきっかけに、より広く問題が共有されるとよいと思っています。

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